2009年 04月 14日
将棋界の大崎善生、落語界の立川談四楼といったところだろうか。とにかく文章が上手い。また、その世界に散らばっているエピソードを、多岐に、そして過去に遡って拾い上げていくのだが、その羅列の仕方が絶妙である。う~む、と唸ってしまうくらい巧みなのである。 本書『シャレのち曇り』は、落語家立川談四楼の作家としてのデビュー作だが、その内容は、自身を主人公とした落語界の内幕を小説仕立てにしたものである。ほとんどノンフィクションに近いかたちでのフィクション小説といってもいいだろう。 落語協会での真打試験での混乱、それに端を発した立川流の独立、そして家元制度の内情、そういったものを織り交ぜながら感情移入せずにおれない、これはまさしくノンフィクションではなく、小説なのである。 本書を読んでいると、将棋界の羽生善治のことを思い出さずにおれない。羽生と羽生世代の台頭は、将棋に興味ない人々の関心を集めたが、一方で地道に棋界で励んできた者たちの受難の到来でもあった。地道な努力を重ねて、さあこれから、そういうときに天才たちに席捲される棋界の中で、努力人たちは地に落ちていく。これまでの棋界がセスナ飛行でよかったのに、後ろから羽生世代がジェット飛行で通り過ぎていき、セスナの多くの人々が抜かされ地に落とされていったのである。 この棋界の羽生が、落語界の春風亭小朝である。談四楼たちがセスナに乗って順調飛行していた後ろから、ジェット飛行で通り過ぎていったわけで、これが今も破られていない36人抜きの真打昇進記録なのである。まあ、天才だからと高をくくっていた談四楼たちだが、その後解せない真打昇進試験制度の弊害にあい、最後は師匠談志と落語協会を脱退し、新たな落語の在り方への模索の冒険が始まる。 評者も記憶にあるのが、ビートたけしや高田史夫がなんだか知らんけど立川流の噺家に名を連ねていたことである。談志が家元制度という面白いことを始めた、くらいのニュースの表層しか知らなかった当時の評者。その裏では、落語協会の内紛というのがあっての、この面白制度の登場だったのである。 談志が太鼓判を押す談四楼が、落語協会の真打試験に落ち、疲弊しきった協会に愛想をつかし、立川流を立ち上げ、家元制度を興したということなのである。 しかし、本書はその内容より文体である。落語界の大崎善生こと(←評者の勝手だが)立川談四楼の流れるような紡ぐようなこの文体、どこか静謐さも相まって、う~む、未読の作品も全部読まなきゃである。(20090411) ※大崎善生が『パイロット・フィッシュ』から、完全なフィクションを書くようになったように、この人にもいつか普通の小説を書いてほしいものである。(書評No875) 書評一覧 ↑↑↑「本のことども」by聖月書評一覧はこちら
by kotodomo
| 2009-04-14 09:02
| 書評
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