2004年 12月 30日
小学生の頃、隣にバアチャンの親戚が住んでいて、そこの旦那が銀行に勤める愛想のない堅物オヤジで、定年になってあれよあれよ言う間に痴呆になってしまった。アルツハイマーなのか痴呆なのか知らぬが、兎に角隣の堅物オヤジは評者と姉ちゃんの間では“スナオジ”という通り名(多分、元々砂男とかいう名)で、日に日に存在感を増していく。毎日毎日、“ネエサンはおらんな?”と言って、我が家のバアチャンを探しに来るのである。バアチャンがいるときはいい。“あたいや、こけおっど。おまんさあ、安心して家に戻いやい”それだけで収まる。困るのがバアチャン不在で、姉ちゃんや自分が宿題しているような時間帯。スナオジが“ネエサンはおらんな?ネエサン!ネエサン!”と言いながら、玄関から上がりこみ、各部屋を覗いて歩くのである。慣れても不気味な恐怖なのである。“あ!次はこの部屋だ!”と思っていると、襖がガラッ!“ネエサンななあ?”と無表情のスナオジと対峙。“外に出てる”と返答しながら毎回少し恐怖の評者。しばらく評者を見ていて、いなくなるスナオジ。そして隣の部屋を開け始め“ネエサン、ネエサン?”と段々姉ちゃんの部屋へ・・・。当時は家に鍵かける習慣はなく、こういう感じで下の世話もそのままのスナオジが家に侵入してきていたのである。でも、ある日姉ちゃんと話し合って、全部戸締りをして宿題タイム。玄関でスナオジのドンドンする音が聞こえても無視。しばらくして聞こえなくなってシメシメ。と思ったら、評者の部屋の窓に張り付いていたスナオジ。“ネエサンななあ?”無表情の顔が張り付く窓。怖かったあ!!!それからは、鍵をかけずに家に侵入するにまかせるようになった姉ちゃんと評者なのでした。 結構、そういう時期は長かったかと思う。いつスナオジが亡くなったか覚えていないが、多分亡くなったときは“フウ~”って感じになった我が家。でも、多分スナオジの家族も“フウ~”って感じになったんだと思う。自分たちの家族を守ってくれた一家の主も、最期には怪物のような(力が強かった)幽霊のような存在になっていて、その体の中は脱殻のようで、あの人はもういなくなっていたわけで・・・。 そういうわけで、アルツハイマーと診断されて命を絶つ者も少なくない。例えば、評者が不治の病に侵されたとしたら、それでも奇跡を信じて嫁さんと手をとりあって向かって行って、もうダメと言うときには嫁さんも大粒の涙を流すことだろう。例えば、評者が若年性アルツハイマーの宣告を受けたら、嫁さんと二人で症状が進行しないよう対策をとりながら、いつか嫁さんに“あんた誰?”みたいな顔をして、気に入らないと暴力ふるって、イライラして、ウンコしてつかんで、そのまま家から居なくなって、保護されて、帰ってきて、暴れて・・・そんな変わり果てた評者に悲しくなって大粒の涙を流す嫁さんも、評者がやっとクタバッタときには“フウ~”だろう。そういうことを想像して、宣告され、脱殻になり自分ではなくなり家族には嫌われて終わる自分の最期を悲観して命を絶つのである。 本書『明日の記憶』は、若年性アルツハイマーが題材であり、身につまされる物語である。特に“あれ?なんだっけ?また忘れた。俺ってアルツハイマー?(笑)”なんてギャグを飛ばす程度にしか、この病の深刻さを理解していなかった方には重い題材かもしれない。しかし、評者が読みながら考えていたのはまったく別のことで、こういう題材で物語を書いていったときに、落としどころを作者はどういう風に決着するつもりなのか、という最後の部分への期待や疑問なのである。最後に本を閉じ、まあこういう程度の落とし方しかないよなあ、いやもっと他の・・・でも、結局予定調和的に落とすしかないよな、そういう感想を持った評者なのである。 考えてみれば、この作者荻原浩、色んな題材に挑戦しているのはいいが、結局題材から類推される結末に向かった予定調和的に物語が進行していく嫌いがある。上手いけど無難なのである。そういう作品もいいが、やはりそこに捻りや独特の持ち味が入った傑作◎◎『なかよし小鳩組』あたりを、中々超えられないでいる。いや、◎◎『僕たちの戦争』で今年はイケてるか。新たな傑作も出したけど、無難な作品も多いわけね。(20041229) ※多分、本書を読むとど忘れしたときに、今よりちょっと深刻になるはず(^.^)(書評No454) 書評一覧 ↑↑↑「本のことども」by聖月書評一覧はこちら
by kotodomo
| 2004-12-30 10:44
| 書評
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Comments(10)
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from 活字中毒者の小冒険:ビジ..
at 2005-02-23 13:15
タイトル : 明日の記憶
明日の記憶荻原 浩 光文社 (2004/10/20) http://tinyurl.com/6jooq 今年の「本屋大賞」にノミネートされている作品。 ただ、このところ読んだ「メリーゴーランド」「神様からひと言」のようなユーモア作品とはかなり異なった作風だ。 主人公は50歳の広告会社の部長。最近、頭痛に悩まされて、妻にも促されて健康診断を受けたら、再検査の末、恐ろしいことを告知された。 彼は若年性アルツハイマーだというのだ。 特に新しいところの記憶からだんだんなくなっていくも...... more
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from でこぽんの読書日記
at 2005-04-08 10:14
タイトル : [雑記]荻原浩『明日の記憶』について
ISBN:4334924468:image「本屋大賞メッタ斬り!」には、もうほんと面白くて笑っちゃいましたね。毎回鋭い切り口で楽しませてもらっています。ムカつくことも多々ありますが。お二人の漫才のような語り口には感心するばかりですし、今回は『明日の記憶』についてマジに解説されていましたので思わず心のなかで拍手をしてしまいました。 大森氏が「この小説は、その症状の一部、「忘れる」って恐怖だけをとりだして、ほんとに物忘れ小説にしちゃってる。病気を都合良く道具に使ってる気がするんですよ。他のイヤな面はあんま...... more
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from kazunoblog
at 2005-05-04 02:25
タイトル : 明日の記憶
夕方、本屋で見つけて、帰って一気に読んでしまいました。 明日の記憶荻原 浩光文社 2004-10-20売り上げランキング : 892Amazonで詳しく見る ...... more
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from 歯医者さんを探せ!
at 2005-05-20 02:45
タイトル : 『明日の記憶』
● 表紙の印象 ほんとに写真は全然、ちょっぴりも分らない。でも「鈴木成一デザイン室」はよく目にする。たとえば『幸福な食卓』『流星ワゴン』『チルドレン』『鉄道員』『チグリスとユーフラテス』などなど。だがどれも写真ではなく装画。ところでこんな記事を...... more
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from 作家志望の日々
at 2005-06-11 18:58
タイトル : 明日の記憶 荻原浩(光文社)
若年性アルツハイマーを患った主人公の話。 人の名前をだんだん忘れていき、スケジュールも忘れていく。老人の痴呆症の話はよく聞いて、近くでも惚けているがその人の立場で考えたことはなかったので、読んでいくうちにだんだん恐くなっていった。 人格が崩壊していく。治療法は見つかってないのだ。 主人公がだんだん崩れていく様子が痛々しかった。明日は我が身と感じてしまい、丁寧に読めなくなっていた。医師が誤診だったと認めるしか、この病気から逃れる術はなく、そんな夢みたいな話が小説になって売れるわけないと考え...... more
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from 本を読む女。改訂版
at 2005-06-13 02:21
タイトル : 「明日の記憶」荻原浩
明日の記憶posted with 簡単リンクくん at 2005. 6.13荻原 浩光文社 (2004.10)通常24時間以内に発送します。オンライン書店ビーケーワンで詳細を見る 2005年本屋大賞ノミネート作。 恩田陸もノミネートされているのをすっかり忘れていた私は、 前評判とかでこの本が大賞に違いない、と思い先物読みのつもりで借りてみたのだった。 結果は2位。大賞は恩田陸。あたらずとも遠からず。まあ、そんなことはどうでもいい。 ... more
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from AOCHAN-Blog
at 2007-02-19 21:05
タイトル : 「明日の記憶」荻原浩
タイトル:明日の記憶 著者 :荻原浩 出版社 :光文社 読書期間:2007/01/23 - 2007/01/24 お勧め度:★★★★★ [ Amazon | bk1 | 楽天ブックス ] 人ごとだと思っていたことが、我が身に起きてしまった。若年性アルツハイマーと告げられた佐伯。彼には、記憶を全てなくす前に果たさねばならない約束があった…。身につまされる長編小説。 ただの物忘れと思っていたのに、それはアルツハイマーの初期症状だった・・・。50歳にして若年性アルツハイマーと診断された佐...... more
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でこぽん
at 2004-12-31 01:35
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『明日の記憶』は読んでいて、とにかく辛かったです。泣けるとか、そういうこと以前に結末が判っている物語を読むのは、現実に起こるであろう出来事が頭に浮かび、身につまされてなんとも言えない気持ちになりました。
アルツハイマーという病気がよく判った話でしたね。聖月さんの「結局予定調和的に落とすしかないよな」というのは本当にそう思います。 私はやはり『僕たちの戦争』のような作品を、これからも期待したいと思います。 さて、今年もついに一日となりましたね。後半になって聖月さんとお知り合いになることが出来てすごく楽しかったです。これからもよろしくお願いいたしますね。 では、よいお年を。
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時々、考えたのが妻の反応及び行動。
多分ですねえ、我が嫁さんはこの本の妻と同じタイプですね。 同じようなことをするだろうなあと思いながら読みました。 一方、自分が主人公だったら会社辞めちゃうなあと。どっか、のんびりしたとこで、のんびり忘れていくたいなあと。でも・・・娘の結婚式控えていたら、親父の立場も違うんでしょうねえ。そこらへんはまだ未体験ゾーンなのです。 あらたまった挨拶はいいですよ(^.^)本のことどもに年末年始は、あんまり関係なさそうで。年賀状も“今年は自分は出さない”って言ったら、嫁さんが“パパの実家とか親戚とか、あたしが書いてもいい?”なんて言って慌てていましたが、ははは。さっき“こことここには出したリスト”を見せられました、ははは。
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moon99999 at 2005-02-23 13:17
moon9999(濫読ひで)さん どうもです
こちらこそ、コメントを残さなきゃいけないのに、TBしっぱなしで恐縮です。 おお!人に買わすのも乙なもの。真剣な感想が返ってくるでしょうね。 本を買ったことも忘れていたら大変ですが(笑)
おはよ~。。。
せっかく書いたので、トラバさせていただきました。サクサクとトラックバックができるのっていいですよね。やっぱり「はてな」は不自由ですね。 私、ほんとこの頃マジでびくびくしています。たった今の記憶がなくなったらどうしよ~。
家族がいる分まだいいですよ。
発症すれば一緒だけど、自分だけだと気付かず呆けていくだけかも、おおコワ、ドキドキ。 だれもエキサイトにしないんだ、これが。エキサイトいいでっせ!何もできないけど、不自由でない。
こんばんはー♪
『明日の記憶』は笑い込みのコメントできませんね。もう怖過ぎ!! でも100ページぐらいから主人公の魅力が増してきたし、老人と肉の入ってない肉じゃが食べたり、ラストも素敵でした。
おはようございま~す♪
最近ですねえ、あれ?っていうことが多くなって、この本読んでいるときもそうでしたけど、今でも日常的に物忘れが怖い。 コニー・ウィリスの『航路』もこの題材を取り上げていましたけど、悲しい病気なんですよね。
TBさせて頂きました。
アルツハイマーが死に至る病という意識がありませんでした。 恐い病気ですね。惚けたくないとつくづく感じました。 荻原さんは比較的読みやすい文章を書かれる作家さんだなぁと、思ってしまいました。
アルツハイマー怖いですねえ。
昔レーガン大統領が告白していましたね・・・まだご健在だったかな? 結局、家族に疎まれて死ぬより、惜しまれる死をと考えてしまう病なのですよね。 最近、荻原浩、やっと名前が売れてきましたね。 |
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