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「本のことども」by聖月

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2005年 03月 25日

◎「国境の南、太陽の西」 村上春樹 講談社文庫 540円 1992/10

◎「国境の南、太陽の西」 村上春樹 講談社文庫 540円 1992/10_b0037682_12503884.jpg ちょっと自分の話をしよう。昔、僕はホテルマンだったわけで、長野の蓼科のホテルと志賀高原のホテルにお世話になった過去がある。志賀高原のほうでは、最初歴史のある立派なホテルに勤務していたのだが、ちょっとしたお家騒動みたいなのに巻き込まれて、急いでやめなきゃいけなくなり、そのホテルの近所のホテルになんとか働き口を見つけた次第である。その避難したホテル。ホテルという名前はついているのだが、実質的には家族で経営していて、僕はそこの二人目の従業員になったわけである。そこには可愛らしいお嬢さんがいて、普段はなかなかいい娘かなと思うのだが、実際にはいろんなとこで鼻の高いお嬢さんの臭いがプンプンして、結局はあまり好きな女の子とは言えなかった。だから恋も芽生えなかった(笑)。ところで、ホテルの仕事っていうのは、フロントを一人で切り盛りしていると、チェックインとチェックアウトが重要な業務であるわけで、勤務時間は朝7時から夜9時、そしてお昼の時間に4~5時間の休みがあるというのが基本で、その休み時間に本など読むわけである。覚えているのが、当時高村薫の『マークスの山』を読んで、まあまあ面白かったので、このお嬢さんが読んでも結構面白く感じるだろうな、と思って貸したこと。読み終えての彼女の感想は“すっごい面白かった”という素直な感想であった。しばらくして、彼女がお返しにとでも思ったのだろうか、本書『国境の南、太陽の西』を持ってきて“これ面白かったよ。借りない?”と差し出したのである。村上春樹の本は単なるファッションでしかないと勝手な偏見を抱いていた僕は、“いや、読まない。ごめん。他に読む本がたくさんあるから”と断った記憶がある。それが僕と本書の最初の出会いであり、当時僕は30歳にもなっておらず独身だったわけで、そのときに読んでいたら、多分、今回読んだほどの面白さは感じなかったのではないかな?結婚してないからさ。

 本書を一言で表すなら、これはやはり恋愛小説と言うべきであろう。本書に描かれているのは、青春の頃の男女の恋のいろいろであり、そしてメインは結婚して二人の子供をもうけた僕が、妻以外の女性に思いを抱く話なのである。いつもの村上春樹的軽めのジョークはあまり散見されない、いたって直線的な既婚者の恋愛小説なのである。そのお相手の女性なのだが、どこか不思議、どこか謎、どこか神秘で魅力的な女性なのだが、読んでいて思いだしたのが、同じ著者による『羊をめぐる冒険』に出てきた羊男なのである。評者は読みながら思う。“この女性、本当に生きているのかしらん。この女性、この世にまだ身があるのかなあ”などと。なんか、本当の彼女の分身のような気がしてならなかったのである。結局最後まで読んでみても、その実質的な正体は読者の感じ方それぞれでしかないのだが。

 彼女のためなら、主人公の僕は家族を捨ててもいいと思う。妻を捨ててもいいと思う。そして子供を捨てていいと思う。ここが評者の共感できない部分。自分の生活は最後には子供に行き着くと思っている評者には、妻を捨てても欲しいものは可能性として考えられるのだが、子供を捨ててほしいものなんて何もないから。ところが、村上春樹の上手いところは、本書内で親と子供という関係の描写をほとんど書いていないので、そこまで酷い主人公には思えないところである。サラリと読めば、それもありかな、なんて思わせてくれるわけで、まあ結局は小説であって、架空の主人公であるわけであって、共感できようができまいがどうでもいいのかな?なんて、思わせてくれるわけである。

 村上春樹作品群の中で、特筆すべき作品ではないのかもしれないが、毎度言うように、そこらへんの今年のランキング何位とかいう本を読んで、面白いとか面白くないとか悩んでいる向きには、やはりこういう良質の本も読みなさいと主張したい。(20040109)

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by kotodomo | 2005-03-25 12:51 | 書評 | Trackback(2) | Comments(0)
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