2005年 04月 02日
いやはや、読んでいて楽しい本である。文章も秀逸、構成も面白いし、何よりその筆力にはデビュー後2作目とは思えない落ち着いたものがある。デビュー作『オーデュポンの祈り』で第5回新潮ミステリー倶楽部賞を受賞しての2作目。1作目は、人の言葉を喋り、未来を予知できる案山子が出てくるというなんとも奇妙な設定の話らしいのだが、本書『ラッシュライフ』を読み終え、この作者の表現力に1作目も読みたいという衝動にかられた評者なのである。 本書の『ラッシュライフ』の構成で面白いのは、本書内では4つの別々の話プラスアルファが個別に語られていくのだが、その冒頭にマークがついているので、どの話が語られるのかが前もってわかるようになっていることである。まず、泥棒マーク。このマークがついている章で語られるのが、プロフェッショナルな空き巣強盗が主役になる話である。この空き巣強盗、本当のプロで、空き巣に入る家の主の職業他様々なることを前もって徹底的に調べぬいた上で空き巣に入る。抜かりのないクールな強盗であり、自分の哲学もハードボイルドである。評者は、この泥棒マークの章を読んでいるのが一番楽しかったかな?次に、天使マーク。親父が飛び降り自殺したことを未だにトラウマ的に背負っている青年の物語である。この青年の自殺した親父は、20階建ての屋上から飛び降りるつもりが、上っていく途中面倒になって、17階まで行ったところで“もうこの辺でいいや。上まであがるのは面倒だ”と妥協して飛び降りた変な親父らしい。人と犬マークっていうのもある。この章では、失業した無職の男が、野良犬とさまよう。無職=無色な存在感のない自分を悲観する男の物語である。車マークの章では、不倫の関係にある男女が、お互いの配偶者を殺してしまおうと計画している話である。どこにもありそうなこの話が、一体どこにころがっていくのやら。 モチーフとして、エッシャーの騙し絵が出てくる。この絵は表紙にも使われているのだが、城の屋上の4つの塔がそれぞれ階段で結ばれており、すべてが上り階段(逆の見方をすればすべてが下り階段)なのに、そのどれを上っていっても、結局はもといた場所に戻ってきて、また上っていっても、、、、ええい!なんと評者の説明のへたくそなことよ!以上の説明でわからなかった人は、調べるか書店で本書の表紙を眺めてくれたまえ。 実は、本書の構成自体が騙し絵模様になっているのである。各章の関連性がわかって本書を読み終えたのち、しつこい読者はそれぞれの話の時間軸がどうなっているのか、いま一度読み返してみたくなるような内容になっている。そして、それぞれの話の時間軸を合わせていくと。。。読後、中身と表紙の見事な呼応に感心した評者なのであった。(20030405) ※実は昨年話題になった本書を読む前にと思って、数週間前、図書館から1作目『オーデュポンの祈り』を借りてきたのだが、読まずに返してしまった。また借りに行かねば。どうやら『オーデュポンの祈り』は、鹿児島の図書館では人気が今ひとつのようで、図書館に行けば必ず書棚に置いてあり、いつでも借りれる状態であるので心配はしていないのでだが、、、今これを読んでいる鹿児島市在住のあなた。評者の邪魔をするだけのために、慌てて借りに行かないように(笑) 書評一覧 ↑↑↑「本のことども」by聖月書評一覧はこちら
by kotodomo
| 2005-04-02 01:43
| 書評
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Comments(6)
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from 猛読醉書&紅茶日記
at 2005-04-24 19:41
タイトル : 『ラッシュライフ』 伊坂幸太郎
マウリッツ・エッシャーの「ASCENDING AND DESCENDING」(「上昇と下降」1960)をモチーフにした小説。この絵は、建物の屋上に、吹き抜けの中庭をぐるりと取り囲むように階段がしつらえてあります。兵士が2列、一方は右回りに、もう一方は左...... more
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from 雑食レビュー
at 2005-08-21 00:53
タイトル : ラッシュライフ
ラッシュライフposted with amazlet at 05.08.20伊坂 幸太郎 新潮社 (2005/04)売り上げランキング: 885Amazon.co.jp で詳細を見る 金で買えないものなど何一つないと豪語する画商とその画商をパトロンとする画家。泥棒を生業とする男ともう他に手がなくてやむを得ず泥棒に手を出す同級生の男。不倫相手との再婚をもくろむ女性心理カウンセラー、不倫相手、そしてその妻。父親が飛び降り自殺した青年と新興宗教の教祖、そして幹部。リストラされ行く宛のない中年の男と、彼の拾...... more
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from 時計仕掛けのオレ BY ..
at 2005-12-04 23:00
タイトル : ラッシュライフ ~伊坂幸太郎~
伊坂氏の作品の中で一番くらいに大好きな作品「ラッシュライフ」メイン4つの話と1つの話で構成しているこれらの話が別々に進んでいく最初はほんと全部バラバラな話なのだけれどもそれぞれの話が微妙に関係しあうでも結局最後はひとつにはならないところがまたおもしろいよんでくほどにまるでパズルを1つづつ合わせていくような気持ちよさが生まれてくるでもただのパズルじゃないできあがってもなんかバラバラはまってるのになんかどこかが変そんな感じがしたそれぞれの話の進め方が非常に肝リンクするようにはできてるのだけれどもうまく時間...... more
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from Carpe Diem
at 2006-07-07 22:49
タイトル : ラッシュライフ
つづいて伊坂2作目。 『ラッシュライフ』は5つの主人公、ストーリーで展開させるのですが、それがあらゆる場面で重なっているところが非常に面白く、少なからず他人の人生に関わっているところが興味深かった。 実際の人生も縮小すればこんなものかもとちょっと思い....... more
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from 徒然な日記(20%増量中)
at 2006-07-10 20:49
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from Moving Plane..
at 2006-09-25 01:23
タイトル : ラッシュライフ/伊坂幸太郎
伊坂 幸太郎 ラッシュライフ 立て続けに伊坂作品のレビュー。 冒頭からワクワクするよな、これ。 エッシャーのだまし絵がテーマなんて。 作者名は知らなかったけど見たことはあった絵だ。 全く関係のない登場人物たちの人生の交差。 この作者ほどそれを... more
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from M's BOOKcaSe
at 2006-10-18 20:49
タイトル : あなたはどんなラッシュ?《ラッシュライフ》?!
『ラッシュライフ』伊坂幸太郎 ♪♪ あの、ワタクシ何度か小耳に挟んだんですっ。 伊坂さんの作品では… チラチラと過去作品の登場人物が話題に上る! ふむふむ。そうですか。( ̄+ー ̄) キラリン! 分かりました。なるべく年代順に読みますよ。 あ、#『チルドレン』と #『..... more
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from "やぎっちょ"のベストブ..
at 2006-10-21 18:00
タイトル : ラッシュライフ 伊坂幸太郎
ラッシュライフ ■やぎっちょ書評 久しぶりの伊坂さん。いや〜〜〜〜〜見事でした!! ストーリーが5つに分かれてそれぞれが進む形のお話なので、最初混乱しましたが、中盤で慣れてくる。で、終盤に至って何かおかしいかな?と気がつく。 それぞれのストーリーに時間差が...... more
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from slowly but s..
at 2007-03-04 02:08
タイトル : ラッシュライフ
『ラッシュライフ』 伊坂幸太郎著 純粋にこの先どうなるの?という気持ちが先へ先へとページを進めさせる。伊坂作品にはそんな力がある。とはいえまだ、本書で4冊目の読了なのだけど。 退屈しない、ページを進める... more
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from 本を読もう
at 2007-03-25 09:41
タイトル : ラッシュライフ
複数の主人公たちが、同じ舞台で別々の行動を取っていながら、それが複雑に絡み合っていく群像劇。 この手のものは映画なら「マグノリア」とか、小説なら恩田陸の「ドミノ」とか、前例は結構ある。 本作の<だまし絵>的な構造は、ミステリで使われる叙述トリックの基本的なパターンのひとつでもあり、これ自体には驚かなかったし、予想もできた。 ただ、筆者の軽快な語り口、登場人物のどこか飄々とし ... more
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from デコ親父はいつも減量中
at 2007-09-03 23:28
タイトル : ラッシュライフ<伊坂幸太郎>−(本:2007年91冊目)−
ラッシュライフ 出版社: 新潮社 (2005/04) ISBN-10: 4101250227 評価:90点 ううむ、面白い。 交錯する5つの物語を、時間軸をバラバラにして緻密に組み立てた構成は、見事としかいいようがない。 しかも、そのさじ加減が絶妙なのだ。 単純すぎず、かといってマニ...... more
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from しんちゃんの買い物帳
at 2007-09-26 20:04
タイトル : 「ラッシュライフ」伊坂幸太郎
ラッシュライフ (新潮文庫)伊坂 幸太郎 (2005/04)新潮社 この商品の詳細を見る 伊坂幸太郎のマイベスト作品を再読した。やっぱり上手い。そして面白い。その上気持ちがいい。 泥棒の黒沢は新たなカモを物色しつつも順調に空... more
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from itchy1976の日記
at 2011-06-24 18:00
タイトル : 伊坂幸太郎『ラッシュライフ』
ラッシュライフ (新潮文庫)伊坂 幸太郎新潮社 今回は、伊坂幸太郎『ラッシュライフ』を紹介します。本書は群像劇でシュールな世界だなとは思いますが、それだけしかないですよね。そんなに面白いかなという印象しかなかった。世界観がかっこよすぎるけど、登場人物は結構...... more
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by
ザ・ワールド
at 2005-12-04 23:00
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そうなんですよね、時間軸!
いわれるまで気づかなかったんっすよ。 自分で気づきたかったなぁ(;¥;)
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TBさせていただきます。
>この5つの話が最後には一点に結びついていくのかと思いきや 私もこう思っていましたが、時間軸がずらされていることに途中で気が付きました。 そのため読みながら「このシーンはあそこのコトか」と、パラパラとページをめくることもしばしばでした。
ろっくさん こんにちは(^.^)
こういう仕掛けが、上手いですね。 伊坂、どこで何をしかけているんだろう?みたいな楽しみがあります。 一番爽快だったのは、オーデュボンの島に欠けているものの伏線だったような(^.^)
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by
moving-planet
at 2006-09-25 01:09
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moving-planetさん こんにちは(^_^)
なんだか、メビウスの輪に新幹線という直線が一本刺さったような、そんな構図の印象の本でした。 それにしても、そういう構想を小説に仕立て上げるのが凄い! |
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