2005年 05月 21日
結局、大学は法学部へ進んだ評者なのだが、実は高校では、3年まで理系であった。特になりたい職業、学びたい学問、進むべき道が決まっていなかったモラトリアムな美少年だったので、いつでも転べる理系を選択しただけの話である。もう少しいえば、今でこそ理系オタク=秋葉系=暗いっていうイメージがあったりするのだが、当時は文系オタク=文学青年=暗いっていうイメージのほうが美少年評者には強くて、清く明るい理系で元気に暮らそうと思った結果でもある。お蔭で評者の高校時代の友人知人には、医者や歯医者になった同級生が多く、かくいう評者も法学部と決めるまでは、進路指導の志望校欄に無難なところで東京医科歯科大なんて書いていたのを憶えている。まあ、実は、数学、物理や化学がⅠからⅡへと段階が進むにつれ苦手科目になってしまって、とても受験して合格するような成績ではなかったのだけど(^^ゞでも志が高い分には、担任も文句は言わないのから書いていたわけで、たまに気分で東大理科Ⅱ類とか北大獣医学部とか書いても特段何も言われなかったなあ。 しかし、本書『破裂』を読むと、自分は本当に医者など目指さなくてよかったなあと感じる。元々、自分は不器用だから歯医者なんてできないだろうなあくらいには思っていたのだが、本書の冒頭に出てくる“痛恨の症例”なんかを読むと、医者になった自分を当てはめてみて怖くなり、思わず身震いした評者なのである。いくら実習を受けたとしても、初めて生きた人間にメスを入れるときは、緊張汗だくで失敗したかもしれんし、初めての当直医なんて経験して自分が処置できそうにない患者が運ばれてきた日にゃ、パニくってどうなっていたかわからんだろうなあと。ブルブル。 そういう意味で、本書の冒頭は非常に興味深く、身震いはすれども、小説世界の中にのめりこんでしまう魅力的な出だしなのである。そこでは、数々の未熟故の医療過誤が紹介されていく。点滴しなきゃいけない塩化カリウムを静脈注射し患者の心臓が止まり、それとは別に機械のロックを忘れて強心剤が止まって患者が死亡し、またそれとは別に降圧剤と昇圧剤を間違えてやはり患者を死亡させてしまいと3件も事故を犯しながら、そのまま医者を続け、6例目にして初めて怖くなり、今は産業医に落ち着いている医者の話だとか、とにかく話がリアルなのである。やはり作者が医者であるので、こういう事例は豊富に知識の引き出しにあるのだろう。 ところが、中盤からはちょっと興醒め。ある1件の医療過誤、医療訴訟の成り行きと、それを取り巻く人物たち、そして行政の企みと多視点で物語は進むのだが、所詮事例は1件の医療事故。序盤で瞠目した驚愕の事実たちはなりを潜め、医療系の小説を読んでいる時間だけが過ぎていくのである。いや、その部分も中々よく書き込まれているのだが、デビュー作◎『廃用身』や本書の冒頭で引き込まれた“驚き”というものがなくなって、なんかいつも読んでいるタイプの本を読んでいるような読書タイムって感じになってしまったのが惜しいのである。○止まりの評価なのである。 しかし、医者を見て、政治家を見て、公務員を見て、色んな業界の人を見て、自分にはできないなあ、ならなくて良かったなあと思う、未だモラトリアム的感想を持つ評者はなんざんしょ?じゃあ、何がよかったのって?身長があと10センチばかし伸びていたら、やっぱ野球選手がよかったなあ。その後、芸能界デビュー、カッコよくて一見ミーハーそうだが、それでいて読書家、みたいな(笑)。(20050522) ※なんか、この本、売れまくりの、図書館でも借りられまくりなんだけど、誰がいつ火をつけたのかな?評者はそれが知りたい。(書評No521) 書評一覧 ↑↑↑「本のことども」by聖月書評一覧はこちら
by kotodomo
| 2005-05-21 16:38
| 書評
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Comments(2)
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from 粗製♪濫読
at 2005-05-21 17:10
タイトル : 久坂部羊『破裂』考
著者:久坂部羊 書名:破裂 発行:幻冬舎 購入動機:著者のファン 衝撃度:★★★★☆ 前作「廃用身」も医学の常識に刃向かう面白い内容でしたが、今度の作品「破裂」はパワーアップしてます。キャッチコピーもすご過ぎます(タイムリー!)。 心臓外科教授をねらう香村と野望を持ったエリート官僚佐久間。二人とも最高に脂ぎってます。それに対して医療過誤を告発する麻酔科医江崎。こちらも結構壊れてます。 著者:久坂部羊氏はさすがに阪大卒の医師だけあって、これほど詳しく大学病院勤務医のことを書いた...... more
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from でこぽんの読書日記
at 2005-05-21 19:41
タイトル : [読書]破裂/久坂部羊
ISBN:4344006984:detail★★★ 前作『廃用身』が興味深く、面白く読めたので、これも読むのどうしようかなと迷いました。というのも、『廃用身』が老人医療に対してあまりにも衝撃的な解決策を提示していたため、本作は読まないでおこうと思っていたのです。 が、帯のキャッチコピー「医者は、三人殺して初めて、一人前になる。」に負けました。 またしても、どんな衝撃的なことが書かれているのかと、興味津々で読み始めました。 でもまあ、それほど目新しいことはなく、『白い巨塔』のような医療過誤裁判を背景に嫌...... more
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from 図書館で本を借りよう!〜..
at 2005-06-21 08:56
タイトル : 「破裂」 久坂部羊
「破裂」 久坂部羊(2004)☆☆☆☆★ ※[913]、国内、現代、小説、医療、医療過誤、高齢社会、官僚 現代の奇書「廃用身」でデビューした久坂部羊の最新作。「廃用身」を読まれてない方はぜひ、ご一読を。可能ならハードカバーで、一切の予備知識を仕入れずに、読むべし。そして、やられてください。考えてください。 なお、以下は「廃用身」のネタバレを含むので、「廃用身」を読んでない方は、ご注意を。 ジャーナリストの松野公造は、新聞社時代の後輩から紹介された麻酔医江崎峻より、衝撃の言...... more
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from 三匹の迷える羊たち
at 2005-09-09 03:32
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by
bibliophage at 2005-05-21 17:20
聖月さん、こんにちは。
医学情報小説としてウケました。 確かに、「痛恨の症例」はリアルですね~。
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