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「本のことども」by聖月

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2005年 05月 23日

◎「ひまわりの祝祭」 藤原伊織 講談社文庫 790円 1997/6

◎「ひまわりの祝祭」 藤原伊織 講談社文庫 790円 1997/6_b0037682_7501368.jpg 何故、この本を読もうとしなかったのだろうと後悔している。今回読んだから、それはもう後悔ではないのだが、今後の読書に対するひとつの指針が浮かび上がったような気がする。

 江戸川乱歩賞、直木賞をダブルで受賞した代表作「テロリストのパラソル」は、もう細かい内容まで覚えてないので書評にこそ挙げないが、評価は◎◎である。ハードボイルド文体の極上のミステリーである。そして、その1作で、評者は藤原伊織という作家のファンになった。そして次作が本書である。買おうと思っていたら、そのうちいろんなところで語られる短評が目につき始めた。簡単に言うと、前作ほど面白くないという評価であった。それが、これまで読んでこなかった理由である。その後に発売された2作はすぐに買って読んだのに、この本だけは面白くないらしいと思い込み、読まずにいた。他の作家の、もっと評価の高い本を読むほうが優先順位が高かったのである、評者の心の中では。そして、今回買うほどでもないがと思いながら図書館で借りて読んだ。面白かった。そういうことで、今後の読書の指針=好きな作家の本は、とりあえず読んでから判断しなさい、である。

 先にも書いたようにハードボイルド作家が書いた、ハードボイルド小説である。読書範囲の狭い方は、そういう呼ばれ方だけで敬遠しそうなジャンルである。は・あ・ど・ぼ・い・る・ど。評者も純文学ばかり読んでいたときは、ハードボイルド=港・男と女・葉巻・キザなセリフ・内容が希薄=読むに値しない、という変な等式を心に持っていた。そんなことはなかった。軽妙でそれでいて重厚な会話・隠された人生の機微・主人公の心情は吐露されないがハートの奥底の暖かさが伝わってくる、そんな素敵なベースに加え、ミステリー色が加われば、こんなに楽しい小説文体はない。

 本書の主人公は、銀座に住む。賑やかな銀座の中で、地上げに取り残された、古い家屋に一人で住んでいる。高校時代から、その美術の腕は瞠目に値し、社会に出てからも一流のデザイナーであった彼は、妻の自殺後仕事も辞め、ただ起きて、パンやドーナツや牛乳を食し、古い映画や音楽を鑑賞し、昼寝をし、プロ野球を見て、眠くなったら寝る、そういう生活を過ごしていた。外界との接触も必要最低限しか取らず、そんな毎日が来る日も来る日も続く。

 そこへ、昔の会社の仲間が訪ねてくる。目的は、500万の金を一晩で間違いなくカジノで遣いきって欲しい、というか、間違いなくスッて欲しいという奇妙な依頼のため。実は、この主人公、そういうことを依頼されるような、ある特殊な能力を備えている。そして、仕方なく出向いたカジノで出逢った女は、見間違えるほどに自殺した妻に似ている。今まで送ってきた平凡な日々が、この日を境に思いもよらない展開に向けて走り出す。

 「ひまわりの祝祭」のひまわりは、ゴッホの「ひまわり」を指す。美術に造詣の深かった主人公とその妻。ゴッホの「ひまわり」は、7作品描かれているが、それ以外の8枚目があるとしたら。そして、妻は何故自殺したのか。本書は、そういったミステリーな展開を、藤原伊織の筆がハードボイルドに描いた秀作である。

 ただ、「テロリストのパラソル」と比べれば、いい点、悪い点ちらばりがあり、まとまり感に欠けるのは否めない。会話の妙は前作以上。特に、序盤の主人公と謎の女性の会話は秀逸。これぞハードボイルド、と言いたくなるような会話が続く。しかし、前作を意識して、もっと面白い小説をと気負い過ぎたのか、後半、話がやや複雑になりすぎて肩が凝る。そして、一番いただけなかったのは、幼児性の残った主人公という設定で、主人公の人称を"俺"ではなく、"僕"にしたこと。最後まで読んで思ったのだが、主人公は評者よりも、ずっとずっと大人。設定に描写が追いつかず、奇妙なズレの感覚をひきずったまま読むこととなった。

 と、最後に注文など並べてみたが、やはり藤原伊織は面白い。未読の方は、是非「テロリストのパラソル」から読んでほしい。

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by kotodomo | 2005-05-23 07:49 | 書評 | Trackback(1) | Comments(0)


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