2005年 06月 09日
1972年にハヤカワ文庫から出た本書は、30年近い時を経た今も定番になっている。淘汰、絶版の多い中、根強く生き残っている作品である。評者の手許にある本は、1994年7月で11刷ということだから、馬鹿売れこそしていないが根強い人気があるのだろう。 本書は、どんな本ですか?と問われて、一言で答えられるジャンルに据えられる。例えば、ハリーポッターシリーズもファンタジー、ミステリー、冒険物、児童図書(そうでないという意見のほうが多いが)等、切り口によりいろんなジャンルに据えることができる。本書も、いろいろ考察するといろんなジャンルに据えることができるが、まあ、まず人に問われたら、評者はこう答えるだろう。"悪魔物"。 勝手に言わせてもらうと、悪魔物には大別すると2種類あって、まずは悪魔と人間が共存しない世界を描いた作品群が挙げられる。いわゆるオーメン・エクソシスト系の悪霊払い物、悪魔の子を宿すような恐怖物など、人間世界の中に、恐怖の対象としての異種物として悪魔が登場する話である。こういった話の最終目標は、悪魔退治、悪魔からの逃避である。片方で、悪魔と人間が共存する世界を描いた作品群が挙げられる。こちらの話は、評者の大好きな星新一の作品が、多様なパターンを描き出している。悪魔同士の智恵比べ、悪魔と天使の腕くらべ、悪魔と人間の駆け引きなど、パターンは多種に渡る。最後の悪魔と人間の駆け引きの話になると、大前提となる条件、悪魔に魂を売り渡すと3つの願いを悪魔が叶えてくれる、ただし3つ目の願いを叶えると、大抵すぐに悪魔は人間が命を落とすよう仕向けてくるので、この3つ目の願いを何にするかで多くの話が語られている。単純なやつは、3つ目の願いで不死を叶えてくれというものだが、今度はそういった願いは駄目だよと最初でお断りする悪魔も出現し、それならこういうのはどうだと思った人間が、わざわざ悪魔を呼び寄せ、3つ目の願いで自分も悪魔になりたいという願いを言う。そう、後者の悪魔と人間が共存する世界を描いたものは、どことなくブラックなユーモアが漂う作品群であり、本書「料理人」もそんな作品に位置付けられるのだが、本書の特徴は、主人公コンラッドが悪魔だという記述も一切ないし、ましてや3つの願いなんてのも出てこないことにある。まあ、次の粗筋設定を読んで、読みたい本かどうか判断してほしい。裏表紙の抜粋だけどさ、面倒だから。 "平和な田舎町コブに、自転車に乗ってどこからともなく現れた料理人コンラッド。町の半分を所有するヒル家に雇われた彼は、舌もとろけるような料理を次々と作りだした。しかし、やがて奇妙なことが起きた。コンラッドの素晴らしい料理を食べ続けるうちに、肥満していた者は痩せはじめ、痩せていた者は太りはじめたのだ。悪魔的な名コックが巻き起こす奇想天外な大騒動を描くブラック・ユーモアの会心作" どう?読みたくなったでしょう。こういった的を得た、興味をひく文章が、裏表紙に載っているものだから、売れ続けているのでしょうね、本書「料理人」は。 ちなみに、この作品が書かれたのは1965年だから、評者が生まれた後の現代世界での作品なのだが、作者名は変名で、どういう経歴の作者なのか明かされておらず、舞台設定も架空の世界のため、いつ頃のどこの国の田舎町コブの話なのかは、読者の想像の手に委ねられている。現代作品ながら、古典的名作の雰囲気を漂わせる良書である。 ※新書店で買ったが、古書店でも、そこそこ見かける。 書評一覧 ↑↑↑「本のことども」by聖月書評一覧はこちら
by kotodomo
| 2005-06-09 20:14
| 書評
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Comments(4)
Tracked
from かつまに。
at 2005-12-05 10:35
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by
かおるん
at 2005-12-05 01:38
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初コメントです。先日、トラックバックをつけたままになっていて失礼しました。面白く読ませてもらっています。たまたま自分のブログでこの「料理人」を扱ったばかりです。幻想小説っぽいなと思っていましたが、悪魔物、というジャンルは思いつきませんでした。私の持っている文庫本の裏表紙には、あらすじが書いていない版です。かなり古いかも。
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かおるんさん 初めまして(^.^)
いやあ、この作品にコメントがついてウレピイ。 もう3回以上言及しているのですが、なかなか読みましたよっていう話聞かなくって。 確か、今の版のやつには、悪魔物の冠がついていたと思いますよ。 そのせいで、自分の悪魔物のジャンルが広がったみたいな。 昔は、星新一しか知りませんでしたが(^^ゞ
Commented
by
かおるん
at 2005-12-05 10:36
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この記事にも、トラックバックつけさせていただきますね。料理とミステリーというタイトルの記事で、紹介しました。私もさんざん人にすすめているのですが、いまだに「この本面白かったよ」って話を聞いたことがありませんでした。
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