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2005年 06月 09日
扉を開けてすぐのところに、姑獲鳥(うぶめ)の図画が載っている。裸で腰巻きひとつ、長い髪の女で、胸の乳房にぶら下がるようにしている乳呑み児を抱いている。姑獲鳥は鬼神の類いとか、妄念の変化と言われる。普段は鳥の姿をして、夜、小児の衣類が干してあるのを見つけると、血の印をつけ、その小児は疾患を患う。また、分娩に際し、赤子は生き残ったが、自分は死んでしまった母親の妄念とも云われ、他人の赤子を奪って抱こうとするらしい。ちなみに、評者のパソコンでの漢字変換では"うぶめ"を変換すると、漢字は"産女"しか出てこない。京極作品に共通するのは、このような物の怪伝記のような話が下敷きにあり、実際の話と表裏をなして形成されている。「姑獲鳥の夏」「魍魎の函」「狂骨の夢」「鉄鼠の檻」と、その後もどんどんシリーズは続いており、どれを読んでもそこそこの面白さだが、人物造形の部分を考えると、やはり1作目から読んだほうがいいだろう。本書「姑獲鳥の夏」では、妊娠後20ヶ月を経過しても出産の兆候の見えない女性の謎と、消えた女性の夫の謎が中心に語られる。 物語は基本的に、中心人物、作家関口の視点で進んでいく。中心人物と書いたのは、おそらく主役は後で述べる京極堂のほうであり、関口は物語の中心にいながら凡庸過ぎるのである。アホである。短絡的であり、情緒不安定であり、評者はこいつが嫌いでイライラする。普通の人物であるのだが、一応この物語は本格推理物の部分も持ち合わせているため、普通の考え方をするやつは読み手に嫌われるのである。何のヒネリも持たない、魅力のない人物なのである。 次に、超主役、京極堂。昨今の陰陽道ブームは安倍晴明が火付け役ではない。1994年の本作での京極堂の出現が、その始まりである。京極堂は古本屋の主人であるが、陰陽道に通じ、文献に通じ、人の心に通じる。すべての謎は京極堂の元で解け、もともと超人的な頭脳明晰さに加え、友人の関口がお馬鹿なので、その推理が一際目立つ。 定番の登場人物を総てあげるとキリがないので、もう一人だけ。探偵榎木津。評者が一番好きな登場人物であり、おそらく読者アンケートをとっても、好感度ナンバー1の人物である。待ち合わせ場所に、いきなり派手な車で現れ、現れたのはいいが車がそこで故障してしまいその車をそこに置き去りにする。修理を頼まないのかと人に聞かれると、もう乗り捨てたと言い切る自由人である。彼は、特殊な能力を持つ。人の向こうに、その人が記憶したり見たりしたものが見えるのである。未来は予測できないが、過去を見通す力を持つ。 20ヶ月妊娠女と消えた夫の謎を、この三人に加え、刑事木場や京極堂の妹といった定番登場人物が加わり、賑やかに解決していくのである。事件に潜む姑獲鳥の影も面白い。 本当は◎◎をつけたいところなのだが、京極作品は共通して評者の得意としない部分を持つ。その一つは、本格推理。本書でも密室トリックが出てくるのだが、評者の想像力では、密室は描けなかったし、どうせ密室ではないのはわかっているから、一生懸命描こうともしなかったのである。もう一つは薀蓄(ウンチク)。作者京極夏彦は、伝記的なものも、宗教的なものも、人間学的なもの凄くよく知っているし文献に通じている。今回も、榎木津や関口の記憶とか、そんなものに迫りながら、いろんな薀蓄を繰り広げ、最初のうちは評者も興味深く読んでいるのだが、途中から長い長い大学の講義を受けているような気分になって疲れてしまった。 京極夏彦という作家は、その特異なワールド観の構築などで評価されているが、それ以前に文章がすこぶる上手い。京極夏彦に興味はあるけど、いきなり長編はねえ、と思われる方は「巷説百物語」角川書店から読んでみてもよいだろう。連作短編集ながら、文章の上手さが光る粒揃いの作品集である。 ※文庫化されてもいるが、それでも定価800円である。古書店には結構出回っているので、 ノベルスを200円以下で買うのがベターだと思う。 書評一覧 ↑↑↑「本のことども」by聖月書評一覧はこちら
by kotodomo
| 2005-06-09 20:38
| 書評
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