2005年 06月 09日
こんなに紹介しやすい本はない。手を抜いて、50ページしか読んでいない段階で書評で紹介しても、"面白そうだな。読んでみたいな"と思ってもらえる文章が書ける内容だからである。試しに、冒頭50ページの内容についてのみ紹介してみよう。 "1968年に東京の北多摩に生まれた橋本響一は、26歳の時に神を映像に収めることに成功した。"という文章から、本書は始まる。これだけで、"神を映像に収める"とはどういうことなのか、本当に神を映像に収めたのか、この場合の神とは偶像的な別のものなのか、と読む者の興味を喚起させる。早く真実にたどり着きたいと渇望させる。 冒頭の一文のあと、橋本響一の幼少期からの生い立ちの話が始まる。母が勤める図書館を、遊び場として過ごしてきた響一は、文字を読む前の段階から、図鑑や百科事典などのカラフルな書物に興味を持ち始める。やがて、白紙に向かって絵を描くようになるのだが、他の子供が描く絵とは、全く次元の違うものであった。通常、子供は絵の描き初めの段階では、鉛筆やクレヨンなどで線を描く。やがて、その線が像を結ぶようになると、人の形とかをなし、今度はその線の中に色を塗り始める。ところが、響一の場合は最初から色を塗って物事を表現しようという描写に加え、色と色との境、普通であれば線を描くべきところに線を描かない。つまり、響一は周りの風景を形ではなく、色で認識する能力に長けているのである。小学校入学に際しての、色覚検査。ここで彼の特徴はもっとはっきりする。そして、彼の知能指数の高さも明らかになっていく。 どうだろう。こんな彼なら"神を映像に収める"ことが出来るのではないかという気にさせてくれる。冒頭の一文での興味をなおさら増幅されて、先へ先へと読み進めたくなる。 だが、冒頭50ページの魅力は、これだけではない。冒頭の一文の前には、目次があり、何より先に題名がある。題名「13」。これは、表紙に書かれたアルファベットによると「じゅうさん」と発音すべきようである。そうなのである。本書は読む前から、読者に対して興味を喚起しているのである。「13」とはナンジャラホイと。面白いのが、本書の二部にあたる部分に対して、各章ごとに題名がついているのだが、章の数が全部で13章。第13章の題名が「13」という構成になっている。ちなみに第一部の題名も「13」である。「13」とはナンジャラホイ。それを読み解くために、読者は先へ先へと読み進めたくなる。 どうだろう。題名、目次、冒頭50ページまでの紹介で、読みたいなという気になっただろうか。多分、なっただろう。では、水を差そう。50ページを越えて、第一部の終わり280ページ付近までの話なのだが、字数が多く、行間が詰まっており、表現も精緻で、観念的な部分もあるため、中々先へ読み進めない。そう、神に遭遇する道は、読者にとっても険しく長い道のりなのである。ただし、そこを越えると、あとは一気読みであるが。 いつもみたいに、名作だとか、傑作だとかの言葉は使わない。古川日出男、おそるべしとだけ言っておこう。 ※図書館で借りた本。文庫化済み。読むのであれば、心して読むべし。気楽に本を楽しみたい方には、精緻すぎる文章だから。 書評一覧 ↑↑↑「本のことども」by聖月書評一覧はこちら
by kotodomo
| 2005-06-09 21:24
| 書評
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from 読書とジャンプ
at 2006-03-07 21:48
タイトル : 「13」古川日出男
神秘が解体されていく。と同時に、純然たる事実が積み上げられると、そこに神秘が現れる。1968年に東京の北多摩に生まれた橋本響一は、26歳の時に神を映像に収めることに成功した。(冒頭より引用)圧倒的な世界観。独特のリズム。繰り返されるフレーズ。そして、溢...... more
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from 複数恋愛進行中
at 2006-04-18 11:25
タイトル : BOOK * 『13』
古川 日出男 13 「一九六八年に東京の北多摩に生まれた橋本響一は、 二十六歳の時に神を映像に収めることに成功した」 ? ショッキングな一文ではじまり、 色覚異常の天才・響一の成長をたどる物語は、 彼が求めるままに舞台をザイールに移す。 ?... more
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from まあぼの交差点
at 2006-08-07 20:26
タイトル : 13(古川日出男)
古川日出男の「13」(1998)を読んだ。以下,ネタバレの可能性があります。この本は,乱暴なまとめ方をすると「復讐の話,序章」ということもできる(ただし,「復讐」というのは筆者が思うだけで,本文の中にこの言葉は使われていない)。親友であり,兄弟であるウライネ...... more |
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