2005年 06月 12日
知らない方のために説明しておくと、国書刊行会は忘れ去られた海外の名作、埋もれた推理小説や作家を、あらためて世に出し、日輪のもとに送りだそうと刊行を続けている。勿論、本書「四人の申し分なき重罪人」のイギリスでの刊行年も古く1930年であり、著者チェスタトンは1874年に生まれ1936年に没した作家である。そう、ブラウン神父シリーズで有名な作家である。 で、普通の人が読む前に気になるのが、背景が古臭くないのかということじゃないかと思う。そんなことはない。今でも学生の間で相変わらず売上現役作家の夏目漱石が1867年生1916年没。評者は「こころ」をミステリーとして当時の最高傑作だと思っているし、現代の人が読んでも、懐古的な雰囲気はあっても古臭いということは決してないと思う。もう一人の売上現役作家太宰治1909年生1948年没。実際の活躍は、チェスタトン没後になるが、太宰の作品などは、これはもう古臭いとかではなく、文体自体が今でも尚お洒落である。「人間失格」を中心にして、いつまでも、女子高校生(とは限らないが)が共感しうる新しい作品なのである。文庫の売れ行きでは、「人間失格」「斜陽」の二つをあわせて通算1000万部を超えている現役ベストセラーなのである。 本書も全然古臭くなんかない。「四人の申し分なき重罪人」の中での、チェスタトンの修辞的な技法、筆致、ロジックな表現、数学的な構成、これらは落ち着いたものでありながら、表現技法として評者の胸に新しい感覚を持ってしみてきた。例えば、下手な純文学などとは違い、風景描写より、心理描写を主体に物語が展開していくので、読む者にわかりやすく伝わるとともに、直接的ではないため、意外性を持って読み進めることとなるのである。 新聞記者ピニオン氏は、"誤解された男のクラブ"なるものに属する四人の男たちの話を聞くこととなる。重罪かどうかは少し邦題に首をひねるが、すくなくとも四人は罪を犯した人物であった。殺人未遂の男。職業上の倫理にもとる罪を犯した医者。窃盗の罪で告発された男。そして、四人の男を道義的に裏切ってしまった男。その罪の裏にある背景が、逆説的に書かれていく。あえていうなら、短編4本で本編を構成しているといってもいいだろう。 外見上は罪である事実の裏に、隠された真実、正義が存在する。面白いのは、窃盗犯と見受けられる男に、その哲学をうそぶかせるシーンである。その男が言うことには"ただ金を持っているだけの貴婦人たちが、価値もわからないし似合いもしない宝石を漁って購入し、自分の金庫の中にしまってしまう。そして、忘れ去られた宝石は、金庫の中にとどまっている。自分の仕事は、そういった埋もれた富と価値を、もう一回かき混ぜて、流通させるところにある。" 意外性とか、驚きとか、そういう類いのミステリーではないと思うが、ひとつひとつの文章の表現方法に関してはなかなかうまい、、、唸るほどである。この手の本。買いなさいというには、ちょっと高すぎる。大抵の図書館には国書刊行会のシリーズが並べてあると思うので、本書でなくてもお好きなのを借りればいい。温故知新。(20020914) ※鹿児島県立図書館で借りる。そういえば国書刊行会の本、古書店で見かけた覚えがないなあ。 書評一覧 ↑↑↑「本のことども」by聖月書評一覧はこちら
by kotodomo
| 2005-06-12 07:52
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