2005年 06月 17日
まずは、嫁さんとの会話。 評者"この前、図書館で借り直してきてもらった本。あのお相撲さんの絵の表紙のやつ。あれ「雷電本紀」っていう題名なんだけどさ、「雷電」は勿論「らいでん」て読むんだけど「本紀」ってなんて読むか知っている?俺、初めて知ったんだけど" 嫁さん"ええっ、何かなあ。普通「ほんき」って読みたいよね。わかんないなあ" 評者"「ほんぎ」だって。辞書でひいたのだけど、反対語が列伝だってさ" 嫁さん"列伝っていうのは意味がわかる気がする。スーパースター列伝とか。で、「本紀」の意味は?" 評者"うーん、忘れた" 嫁さん"うーん、もう。自分で調べてみる。ええと、紀伝体(人物の伝記を集合した描き方)の歴史書で、 帝王の事跡を記した部分だって、へーえ" 評者"ほかにもさ、外伝とかあるし。外伝調べてみて。 えっ?本伝に書かれなかったものを集めたもの?なんじゃ、そりゃ?意味はわかるけど" などという高尚な会話が、ある夜夫婦間においてなされたことをまずは報告しておこう。 本書「雷電本紀」は1994年6月に単行本化された作品であり、既に紹介済の「神無き月十番目の夜」や「始祖鳥記」の前の作品である。そして他の2作と同様の形式をとってかかれた話である。最初に序文があり、そこから時代を遡ったところから話が展開する。そして、唯一の、本当の、主役が誰なのかはっきりしないような形で物語が進んでいく。そういった意味で、本書は「雷電」の「本紀」ではない。二百五十四勝十敗二引分け十四預かり五無勝負で江戸相撲を去った不世出の相撲取り雷電の物語でありながら、同時に鍵屋助五郎の物語であり、やはり他の2作と同様、時代が一番の主役なのである。 ところで、雷電の戦績にある十四預かり。当時の相撲取りは各藩のお抱えなる身分でもあった。それにより、例えばここ一番の勝負になると、勝負が完全に決したような取組においても、土俵下に控える各藩の侍から手が挙がり物言いがつき、結局勝敗を決しないまま預かり相撲となってしまうような背景があったのである。 時代が主役と書いたが、当時の時代背景を挙げると、江戸では無宿者を取り締まっており、時をあけず大火が江戸の町を焼き尽くしていた時代である。最初、なぜ無宿者を取り締まるのかが判然としなかった評者であるが、読み進めるうちに段々と理解した。当時、信濃などでは米の買い占めに対して一揆が起こったりしており、最終的に壊滅に追い込まれた一揆に加担した農民などが、自分の村に帰れず、江戸などに流れてきたのである。当然、無宿者は犯罪者である可能性が高かったのである。"しなのもの"と言えば、そういった人たちの代名詞のようなものであったが、雷電は臆面もなく自分が"しなのもの"であるということを公言していた。勿論、雷電自身は相撲のために江戸に上がってきた身分で犯罪者ではないのだが、自分の出身地を胸を張って名乗るような人物だったのである。 また、当時は火事が起きると、燃えやすい木造家屋が密集する江戸の町のことなどで、ともすると容易に火が広がって大火事になったのである。鍵屋助五郎も、何度とその大火に遭遇する。面白いのは、自分の家屋に火が及びそうなときは、大事な物を持ち出したりしないところである。大事な物は急いで土蔵に仕舞いこむのである。そういえば、評者の生家の2軒隣が幼少当時質屋を営んでおり、その裏に大きな土蔵が建てられていたのを思い出した。そういう工夫が当時あったのである。先般、ギリシャに関する書物を読んだが、かの地では100年に3回ほど起こる地震にそなえ、家が崩れるのは仕方がない、本当に大事な物は地下壕とも言える頑強な場所に保管しておくとのことであった。当時の江戸でも、火事で家が焼けることは仕方がない、大事な物は土蔵などに仕舞う、という智恵があったのである。 鍵屋助五郎が最初に雷電を見かけたのは、そんな大火のあと、焼け跡広がる江戸の町で赤ん坊を次々と高々と持ち上げる姿であった。当時は、名高い関取に赤子を抱いてもらって無病息災を祈念してもらう風習があったのである。そんな庶民の願いを顧みない気位の高い関取がいる一方、雷電は喜んで何人でも頼まれた赤ん坊を抱き上げていたのである。 他人の評価を見ると、「雷電本紀」は他の2作と比べて少し評価が低いようである。多分、相撲用語を多用した取組の描写が少し多いので、そこのところがマイナス要素となったのかもしれない。評者もその部分を少し流して読んだりしたが、飯嶋作品、やはり◎◎をつけざるを得なかった。(20021102) ※鹿児島市立図書館で単行本を借りた。 文庫本でお手軽に手に入れられる、読みごたえのある一冊である。 書評一覧 ↑↑↑「本のことども」by聖月書評一覧はこちら
by kotodomo
| 2005-06-17 22:59
| 書評
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Comments(4)
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from 粗製♪濫読
at 2005-06-20 10:13
タイトル : 『雷電本紀』 若・貴なんぞ吹っ飛ばす大迫力
著者:飯嶋和一 書名:雷電本紀 発行:小学館(文庫) ぶちかまし度:★★★★☆ 『黄金旅風』の飯嶋氏が書いた江戸時代の大力士雷電の伝記小説。 杉浦日向子『一日江戸人』に雷電のことが書いてあり(圧倒的な勝率254勝10敗!!&相手を投げ殺した??)、とても気になっていた力士なので早速読んでみました。 1790年(寛政2年)江戸の勧進相撲に突如怪物力士が登場した。雲州松江藩所属の雷電為右衛門。それまでの申し合わせの軟弱相撲を打破するガチンコ勝負で連戦連勝。貧しい信州の出身地では一...... more
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from たりぃの読書三昧な日々
at 2006-03-13 20:24
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from 時代小説県歴史小説村
at 2008-05-08 17:22
タイトル : 飯嶋和一: 雷電本紀
【覚書】★★★★★★★★★★ 表立ってというわけではないが、物語の根底に渦巻く怨念というか怒りというものが、ページをめくる毎に伝わってくる。 それは決して粘着質なドロドロとしたものではなく、淡々と語...... more
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bibliophage at 2005-06-20 10:21
読みごたえあり過ぎです。ふ~。
雷電と千田川が、助五郎の息子に節句の買い物をしてやる所がよかったです。あと一揆の描写など。
0
実は長野の地形のつながりなんかも少し理解しているほうで、結構色んなことがわかりやすかったかなあ。
読みごたえあったのは・・・本書?書評?(笑)
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by
bibliophage at 2005-06-20 21:36
読みごたえは…もちろん、書評の方でしょう(笑)。
ギリシャと江戸を比べるとは、プロタゴラスもビックリですね。
プロタゴラスもビックリですか(^.^)
しかし、飯嶋和一の本って、字面ぎっしり。100ページが150ページ分くらい読みごたえあるのは確かですよね。 一番最初『神無き月十番目の夜』読んだとき、なんでこんなに進まないのだろうと本当に感じました。でも面白かったなあ(^.^) |
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