2005年 06月 19日
「陰の季節」「動機」と横山秀夫の作品を読んできて、面白いのだがいまひとつ手離しで誉められない、作者に対する評価は留保、という態度をとってきた評者であるが、本書を読んで、横山秀夫は巧みな作家、上手い作家、あわせて心理描写にも長けていることに気付かされた。勿論、評価は◎◎である。今年一番の話題作となった長編「半落ち」を読めば、また違った意味で再評価できたのかもしれないが、本書だけでも、その底知れない作者の力量がうかがえる。 「陰の季節」は、警察組織の中でも普段小説の材料に挙げられない警務課や似顔絵婦警などを題材にとった短編集であった。一方「動機」も、警察小説一編に加え、新聞記者、裁判官といった職業を通し、組織を描いた秀作短編集。どちらも非常に面白かったのだが、人に知られていない題材と、ちょっとしたひねりを料理すれば書ける作品ではないのか、それに背景や雰囲気を描き出す行間を埋めるような筆力が足りないような物足りなさ、要するに血の通いを感じさせない機械的描写に、評者は評価留保の態度を示していたのである。 本書「顔」(副題FACE)は、「陰の季節」で登場した似顔絵婦警を主人公に据えた連作短編集である。短編集でも、連作で主人公が一緒という縛りがあるので、おいそれと設定を変えてアイディア勝負だけで書くことができない。また、同じ主人公を使うということは、心理描写、心の成長、そういったものを抜きに表現しては、読ませる小説には仕上がらない。ところが、そういった評者の危惧なんてなんのその、素晴らしい作品に仕上がっている。読ませる。落とす。最後にはガチッとパズルがはまる。続編を期待する。本書は、そんな連作短編集なのである。 主人公の平野瑞穂は、似顔絵の特異な婦警である。以前は似顔絵婦警として、犯人の似顔絵を書いたりして、自分の持ち味を生かせる部署に所属していたが、「陰の季節」でも登場したある事件により配転を余儀なくされた。「陰の季節」では鑑識課機動鑑識班の一員であったが、本書の冒頭では秘書課広報公聴係(要するに記者対応を中心にした広報の女事務員みたいなもの)に属し、その後署内の事情により"なんでもテレホン相談"の相談員に指名されたりして便利に使われていく中で成長していく。 収録されたすべての短編が面白いのだが、興味深かったのが「共犯者」。銀行の抜き打ち防犯訓練(支店長以外、行員は誰も知らないままの偽の強盗事件対応訓練)が行われるのだが、行員たちには万が一強盗が押し入った場合には、あなたは服装を覚える係、あなたは顔の特徴を覚える係とかの役割が前もって与えられているそうなのだ。評者はスーパーサラリーマンなので、銀行の女性事務員とも面識がある。本書を読んだ後日、銀行に行った機会に窓口の女性に訊いてみた。先の話は、本当であった。"じゃあ、あなたは今日は何の係?""顔の特徴を覚える係なの♪""じゃあ、もし俺が強盗だったら?""お金じゃなくて、私を盗んで欲しい♪""じゃ、なくて。俺の顔の特徴は?って訊かれたら?""素敵な顔♪"どうもその窓口の女性は防犯要員には向いてないらしい。 評者は、開かれた警察を目指す「警察連絡協議会」の委員でもある。年四回警察におもむき、署長を中心に管内のいろんな案件について協議している。おのずと、警察内部の隠れた問題点にも気付かされる。一番の問題は、人員が足らないことにある。そこから多くの問題が発生していると言っても過言ではない。例えば、賭博喫茶。これを摘発する部署に人員は少ない。一件摘発すると、証拠調べのために2、3ヶ月はかかり、その間他の賭博喫茶を摘発できなくなる。ある賭博喫茶経営者は、自分の店が摘発されないために、定期的に、2、3ヶ月おきくらいに、警察に他の同業者情報を匿名でタレコミ、自分の店の摘発に手がまわらないように仕向ける。こんな隠された警察事情というのは沢山あるのである。横山秀夫の警察組織小説は、今後もどんどん出されることだろう。要は、それをどう料理するかである。横山秀夫の料理の腕前、今回しっかり把握した評者なのである。(20021213) ※本書を読む前に、「陰の季節」は必ず読んでほしい。 本書には「陰の季節」のネタバレの記述も含まれるので。 書評一覧 ↑↑↑「本のことども」by聖月書評一覧はこちら
by kotodomo
| 2005-06-19 10:45
| 書評
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Comments(4)
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from booksjp
at 2005-06-20 08:07
タイトル : 顔
「だから女は使えねぇ!」鑑識課長の一言に傷つきながら、ひたむきに己の職務に忠実に立ち向かう似顔絵婦警・平野瑞穂。瑞穂が描くのは、犯罪者の心の闇。追い詰めるのは「顔なき犯人」。鮮やかなヒロインが活躍する異色のD県警シリーズ。... more
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from Breezy days
at 2005-07-05 17:34
タイトル : 顔 FACE
横山秀夫「顔 FACE」徳間文庫 [Amazon] [bk1] 評価:★★★★ D県警の似顔絵婦警・平野瑞穂が、男社会に傷つきながらも、職務に誇りを持って事件の真相に迫る様子を描いた連作短編集。...... more
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from 本を読む女。改訂版
at 2005-07-29 00:23
タイトル : 「顔」横山秀夫
顔posted with 簡単リンクくん at 2005. 7.28横山 秀夫 / 横山 秀夫著徳間書店 (2005.4)通常24時間以内に発送します。オンライン書店ビーケーワンで詳細を見る 「陰の季節」に続く、D県警シリーズ第2弾。「陰の季節」の第3話で登場する似顔絵婦警、 平野瑞穂が主人公の連作短編ミステリ集。話も「陰の季節」の続きになる。 ... more
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from 仙丈亭日乘
at 2007-03-27 18:36
Tb ありがとうございます。
先日のコメントの続きですが、528冊以上ですか!! (驚愕の事実) 年間 140冊ペース・・・。すごい。 私の場合は週に一冊を読めばいい方なんですが。。。
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おはようございます(^.^)
はい、過去の書評を再掲載している過程でTBさせていただきました。 本読む以外、特に趣味が今のとこないというか、無理矢理それを趣味にしているというか。 テレビを無闇につけないから・・・・でも、晩酌があ(^^ゞ・・・・
sa-kiさん 過去形です(^.^)
昨年任期二期目半ば、東京へ単身出てくる際に辞してきました。 いやあ、署長以下仲良こよしでしたよ。 うんうん、刑事は凄い人がいる。からだもでかい。顔つきもまるで・・・ でも、色々勉強になった3年間の委員活動でしたよ。 例えば、中学の荒れ具合なんかも警察はわかっている。やはり校長でその学校変わるようですよ。 |
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