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「本のことども」by聖月

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2005年 06月 19日

〇「発火点」 真保裕一 講談社 1900円 2002/7


 前作『ダイスをころがせ』を130頁まで読んだところで、読むのをやめてしまった評者であった。普通のサラリーマンが脱サラして手作り選挙に出るという興味深い設定ではあったのだが、かつての同級生どうしの心の在りようを描くのがまどろっこしく、退屈を感じて読むのをやめたのである。評者は、一度読み始めた本は、面白くなくてもなるべく最後まで読むように努めている。平坦な話が続いているような作品でも、驚愕の最後や、考えさせる最後が待っていたりするからだ。ところが、読んでいて退屈さを感じる上に、どこか浅薄な会話や胸中の論理が描かれていたりすると、読むのをやめようかなと迷い始める。結局、『ダイスをころがせ』も、130頁読むために割いた時間を捨ててでも、他の面白い作品を早く読み始めたくて断読したのである。

 しかし、それは作品が自分には合わなかった程度の受けとめ方で、即その著者を否定するものではない。図書館で、次作の本書『発火点』が並んでいるのを見つけると嬉しくなって(要するに無料の図書館で半年以内くらいに出た作品を借りれる嬉しさ、まだ書店で売れている本をタダで借りれるという小市民的嬉しさである)、ニコニコしながら借りてきたのである。借りてきた日には、まだこのミス2003年版が出ておらず、ランクインが予想される作品の予習になるかなという期待もあったのだが。。。ところがこのミス2003年版が発売されてランクイン作品を眺めると、ベスト20位以下の圏外作品にも名を連ねていない本書。これもまた面白くないのかなあと思って読み始めた評者なのであった。

 結論を先に書こう。読ませる作品である。前作『ダイスをころがせ』で感じたような退屈感もなく、一日で一気に読めた。人物の胸中描写が多く、多少論理的に納得できない箇所もなくはなかったが、それでも読ませる作品であった。結果的に、ある程度面白いのだが、ミステリーとしての面白さ、完成度という点ではイマイチである。評者は、本書はミステリーの衣装をまとった普通小説と位置付けたい。謎はある。しかし、最終的にその謎を構成するパズルのピースが完全にはまったとは言えない最終章に、あらたに謎(かけ)を呈して終わる最後の部分は、読む者に真相を委ねるかたちで終了する。それをミステリーの放棄と考えるか、普通小説のひとつの技法ととるかで評価の分かれる作品であると思う。評者は、途中の読ませる力に好印象を持ったが、やはりこのミスにランクインするには、少し分野が違うような気がした。このミスとはいっても、過去、冒険小説、普通小説その他がランクインしているので、結局、読んだ人があえて推すほどの作品と評価されなかった結果とも受け取れるが。

 20歳を過ぎた青年の、今と9年前の物語である。主人公の青年は、自分の9年前の過去を胸中に引きずったまま、夢も持たずに、フリーターの生活を続けている。9年前、自分の父親が殺された青年は、新しいバイト先で、その事実が人々に知れ渡り、特異な目で見られることを嫌悪し、次の仕事に移らざるを得ない自分の境遇に苦悩する。一方で、9年前の事件が青年の視点で語られながら、最後には何故父親が殺されたのか、犯人の真の動機はなんだったのかという関心に動かされていく。

 恋愛小説の側面も持ち、途中恋敵にあたるクズな人物も二人ほど登場するのだが、若い恋愛の感じを受けながらも、恋愛に血迷い、激昂したり暴力を振るうようなこういうクズはいるんだよなあと頷く。警察のお世話になり、過去の自分の経歴で今の自分を定義付けられることに、一緒になって腹立たしさを感じる。まだ、二十歳そこそこの青二才の成長物語なのだが、不惑の評者には、まだ幼く感じ、それでも読ませる展開に評価は〇である。(20021214)


※今回から、文中での本の題名について、「」をやめ、『』で表記することにした。これは会話文を挿入する際に、以前は""を多用してきたが、今後「」を使用していきたいからである。他の本の紹介記事が、そういうパターンをとっているのが多いため、評者もそれに倣うこととした。

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by kotodomo | 2005-06-19 16:37 | 書評 | Trackback(1) | Comments(0)
Tracked from 仙丈亭日乘 at 2006-05-14 21:58
タイトル : 「発火点」 真保裕一
お薦め度:☆☆☆☆ 男の子は多かれ少なかれ、心の中で父親を殺すものだ。 この作品では、さういつた、男の子ならではの父親への愛憎が見事に描かれてゐる。 ... more


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