「本のことども」by聖月

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2005年 06月 20日

〇「浪漫的な行軍の記録」 奥泉光 講談社 1600円 2002/11


 鹿児島の地元紙南日本新聞で、確か3月からだっただろうか、夏目漱石『坊っちゃん』が連載されている。評者は、毎朝これを読むのを楽しみにしている。確か評者にとっての夏目漱石は、『こころ』を楽しく読んだ以外は、『坊っちゃん』を途中まで読んで面白くなくて放り投げてしまった記憶がある。今、その『坊っちゃん』を毎朝読んで感じるのは、青い若い時代にこんなの読んでも心から理解できなかったろうということである。というのも、高踏派とか余裕派とか呼ばれた夏目漱石という作家の筆の捌きが、非常に奥深いところにあるように感じられるからである。古い昔の作品なのに、どこかぶっとんだような記述もある。例えば、物語の冒頭で自分の親が死んだ話を嘲るような口調でサラリと書いてしまう。そういう主人公を描きながら、実際にはもっと深い部分を語っているように感じるのである。

 本書『浪漫的な行軍の記録』も、同じような筆の捌きに分類されるだろう。扱っている題材は、戦争末期の日本軍の当て所ない行軍である。既に紹介済みの古処誠二の『ルール』と同じ材料を扱いながら、まったく別な作品としてなりたっており、その完成度も高い。特に内容には触れないが、夢想とか幻想とかも入り混じってその奥行きを広げている。例えばこういう記述。休みたくとも、「ショーキューシッ!」の号令がかかるまでは休めない行軍中の主人公の心内を記した部分を紹介しよう。「なんで二足歩行なんか始めたんだと、私は人類の進化を呪いました。アフリカの森に棲む猿が、あるときサバンナに乗り出して、後脚で立って歩くようになり、手が使えるようになり、脳が発達してヒトになったと聞いたことがある。なんで森から出たっ!誰に断ってそんな無茶をしたっ!あるいは何かしらやむを得ない事情があったのかもしらんが、つい魔が差しまして、なんて理由だったら絶対に私はその猿を許さない。その猿さえ余計なことをしでかさなかったら、こうして重い荷を背負うこともなく…」どうだろう(笑)戦争や上官に悪態をつかずに、ご先祖の猿に八つ当たりするこの主人公は。読んでみたくなったかな?

 ところで、ある雑誌(このミスのことだが)の“私の隠し玉”というコーナーで、著者は2年前に次の作品は『黙示的な行軍の記録』であると書いている。ははーん、どうやら最終的に題名を変えて出したのだな。そいでもって、本書が出版される直前に、同じ雑誌の同じコーナーで次のよう書いていることを引用しよう。読む、読まないの参考にしたまえ、そこのキミ。「(前略)少なくともこれが小説だとは自信をもっていえる。小説が小説なのは当たり前だといわれるかもしれないが、必ずしもそうではない。世間に流通する小説の大部分は、ただの読み物にすぎない。むろんただの読み物が下らないというのではない。面白い読み物は大いに価値があり、賞賛に値する。だが、一方で、読み物とは区別すべき小説の固有領域はある。(中略)小説好きな方は是非読んでくださいね。」ということで、本書を読もうと思った評者である。はい(^o^)丿小説として楽しく読めましたよ。でも、戦争末期の日本軍の様相に知識が浅い読者には、ちょっと奥深さが読み取れず、浅読みに終わるおそれはあるだろう。(20030406)


※鹿児島県立図書館で借りる。鹿児島市立図書館で3冊発見したが、どうやら誰も借りそうな気配がなかったぞ。二日後に行っても、まだあったぞ。

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by kotodomo | 2005-06-20 07:33 | 書評 | Trackback | Comments(0)
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