2005年 06月 26日
読書人たるもの精神力があれば、大抵の本は最後まで読み通すことができる。途中、理解できない記述や、自分には面白くない内容をやり過ごす気さえあれば、精神力で読み続け、読破することは可能である。評者も経験がある。片田舎の高校生に、当時の教師たちは、自分でもよく理解していないだろうと思われる書物を与えていた。あれって青少年の読書離れを助長させる一端じゃないかな。でも、しかし、前向きな青年評者は、とにかく読んだぞ、当時、精神力で。小林秀雄『無常といふ事』三木清『人生論ノート』亀井勝一郎『現代人の遍歴』、ついでに井上靖『敦煌』などなど。え!井上靖?とお思いかもしれないが、彼の作品には読んでいて楽しい作品がたくさんあるのに、なぜか片田舎の教師というものは、中でも難解な作品を与えてしまうのである。これって、なんかいな?ついでに言っておくが、この片田舎の高校名は鹿児島県立鶴丸高等学校である。まだ、あるかな? 話を戻して、精神力では読み通せない本も存在する。本書『闇の子供たち』を最後まで読みきるために必要なのは、精神力ではなく、精神の体力である。神経及び感受性の耐久力が必要なのである。評者は、毎日昼休みに40分間本書をヒーヒーいいながら読んでいた。昼休みの間、会社の同僚は「昼どき日本列島」や「笑っていいとも」で脳みそをくつろがせているわけだが、評者の頭の中では幼児が虐待され陵辱される闇が広がる。毎日毎昼ヒーヒー言いながら読んだ評者。小説としては、さほど面白くなかったが、読んでよかったと思っている。精神は疲弊してしまったが。 著者梁石日(ヤン・ソギルと読む)は、この本の中身について、出版前から大体次のようなことを言っていた。東南アジアを中心とした幼児売買、幼児買春、幼児臓器売買について書かれた本は数多くある。実態を伝える人権のためのレポートなどもある。でも、自分(梁石日)はそこで本当に何がおこなわれているかを伝えたいと。確かに、評者が普通に暮らしていく中で、日本人が買春ツアーを組んで東南アジアに出向く話、ジャピーノの話、その他色々な話が伝わってくる。でも、この話だけでは、これは幸せな話なのである。ツアーに出て行ったおっさんは気持ちよくて幸せ、現地の女性はお金をもらって幸せ、道徳的にはよくないが、幸せが散らばっているようにしか聴こえてこない、そんな浅いところの話なのである。しかし実態は…。 評者の上の娘は9歳、3年生、夏休み、プール、海水浴、工作、ニコニコ。本書の冒頭で親からブローカーに売られる娘は8歳である。組織のアジトに着くと、早速身体を貫かれる。8歳の娘である。貫くのは、性産業を生き抜いている男の持ち物である。想像してみるといい。あなたの鼻の穴に、キュウリが捻じ込まれると思えばいい。要するに調教とかいう世界ではない。破壊の世界である。子供たちは男もいれば女もいる。買いに来る大人たちは男もいれば、女もいれば、夫婦もいる。客の前で、12歳の少女と10歳の少年が交わる。客の男が、少女の身体をまさぐり、少年の身体をいたぶる。「なぶる」という字は、「嬲る」と書く。分解すると男女男、男二人の中で女が嬲られる。ところが、本書の世界では、男、女、少年、少女、夫婦、レズ入り乱れて嬲り嬲られる。だからレズの二人連れが少年を買いにきて陵辱することを考えれば女男女という字面で、なぶる場合もあるわけなのである。とにかく狂気までとはいかないが、異常な世界である。読み進めていけばわかるが、子供たちには苦痛や悲観はない。あるのは絶望だけである。評者の娘の夏休みの朝は、希望から始まる。さあ、きょうは何をしようかしらと。本書の子供たちの目覚めは、絶望から始まる。 子を手離す親、子供たちを仕入れて売るブローカー、買いにくる人間、一体誰が悪いのか。すべての立場の人間がいけないのだが、行政的にはブローカーをなくすことが望ましい。望ましいのだが、警察や役人はブローカーを守るために動く。だから、子供たちには逃げればなどという希望はない。 自分とは、関係ない世界?そうではない。あなたに子供がいたとしよう。可愛くてしかたないその子に、臓器の疾患が見つかる。なにをしてでも、助けてあげたいとあなたは思うだろう。あと一年の命。その間に臓器を移植すれば、なんとかなる。命を繋ぎとめられる。だが、米国や豪州に行って、順番待ちをしている間に命の灯火は消えかかる。そんなあなたに朗報がくる。4000万かかるが、タイに行けば2ヵ月後、臓器移植が受けられると。お金はなくても借金して申し込むだろう。そのお金の大部分が、暴力団やマフィアの資金源になると聞いても、申し込むだろう。子供の命が助かるのであれば。そのために、現地の子供の命が失われると聞けば?申し込む。それが親だ。我が子を持った責任だとなるのか、他人の命に替えてまで、と思うのだろうか。 内容は暗く深いが、文章は教科書的、説明的と言えばよいのであろうか。初梁石日につき、ゴツゴツした益荒男(ますらお)な文章を想像していたら、どちらかというと手弱女(たおやめ)、男の臭いのしない文章にちょっと驚いた評者である。小説としての評価は△。しかしながら、やはり機会があれば読んでほしい気持ちもあり、材料を含む評価は○。評者のように毎日ヒーヒーいいながら読まなくても、立ち読み程度の流し読みでもいいし、図書館から借りてもいい。買いなさいとはいわない。機会があれば読みなさいと言っておこう。(20030718) ※図書館から借りる。実は初梁石日だが、手持ちの梁石日本はある。『終わりなき始まり』上下巻。嫁さんが出してくれた懸賞で当たってきたのである。発売後すぐに。でも読んでいない。すまん、嫁さん、今度読む。 書評一覧 ↑↑↑「本のことども」by聖月書評一覧はこちら
by kotodomo
| 2005-06-26 20:01
| 書評
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Comments(7)
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from 嘘つきを反省する日記
at 2008-05-13 12:47
タイトル : 『闇の子供たち』 【読後感想】
注:大いにネタバレしています 世界の闇にはびこる社会問題を真正面から描いた作品。 ・・・だとは思いますが、実は、こういった作品は読書品としては苦手としています。 自分の無力さを改めて感じる以上に、私自身がこういった問題を真正面から受け止める器量の無さを痛感させられるからです。 これを以って‘苦手’と称するのは、ヘタレ以外の何者でもありませんが・・・。 タイを中心とする舞台。幼児売買春、臓器売買の実態を、目を覆いたくなる様な描写で描かれている。 描かれている子供たちは、もはや、人としての尊厳の有無の...... more
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from アートの片隅で
at 2008-08-10 12:02
タイトル : 「闇の子供たち」ティーチイン試写会
「闇の子供たち」のティーチイン試写会でパルテノン多摩に行って来ました。 といっても、行ったのは2ヶ月程前になります。 どうしてまたこんな場所でやるのかと思ったら、恵泉女学園大学の齋藤百合子先生がこの映画のアドバイザーという事で、基本的には学生達の為の試写会だったのです。 江口洋介の大ファンの妻は、「遂に江口君に会えるのね♪♪」と興奮気味でした。 座席は、ほぼ中央付近でそこから前は学生達でした。 映画を観るにはベストな席だったけれど、妻の目的は江口洋介を見る事だったので、ちょっと残...... more
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from ダディャーナザン!ナズェ..
at 2008-08-30 02:56
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from よしなしごと
at 2008-09-01 02:26
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from 映画、言いたい放題!
at 2009-05-29 21:18
タイトル : 闇の子供たち
梁石日原作の小説を「亡国のイージス」などの阪本順治監督が映画化。 阪本順治監督の「顔 」という作品が大好きです。(^^) でもこの監督、作品の色のギャップが激しいのです。 この作品は「顔 」とはうって変わってテーマが重い作品です。 日本新聞社バンコク支局で... more
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karintou_1024
at 2005-12-25 22:35
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こんにちは。数日前に同書を読み、以来心穏やかではありません。
描かれているのは「知らないほうが幸せな現実」かもしれませんが、それでも誰か(精神的体力のある方)に読んでほしい、知ってほしい、と強く思いました。この書評には「闇の子供たち」でググって辿り着きましたが、ワタシがモヤモヤと感じてあったことが的確に文章にされていらしたので勝手ながら自分のブログにリンクをつけさせていただきました。
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karintou_1024さん こんにちは。
実は今、久々に本書の自分で書いた書評を読んだところ。 中々しっかり書いているなあ。っていうか、私の場合、よく書評内でフザケルんですが、本書の内容を前にしては、ふざけていられないってとこでしょうか。 友人たちがよくタイに行くのです。タイはいいよ~って言います。 明るい観光地に行っているようですが、自分は未だ行く気になれないタイの国。
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涼子
at 2008-09-24 03:35
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突然すいません、ですがこの映画に失望した者です
ご無礼をお許し下さい。 児童売春、臓器移植の人身売買の全てが日本人のせいにされているこの映画は、こちらで大阪大学医学部付属病院の先生が指摘されていますように、事実無根の話です。 http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20080805/167273/ 知ってましたか?この本自体がプロガバンダだとそしてそれに協力しているのが 毎日新聞だとそして日本ユニセフが毎日と親密な関係だと。 この本を読んで映画をみて、ハッキリいってショックを受けましたが。 大阪大学医学部付属病院の先生のコメントを読んで 今は反対の意味でのショックを受けています。
涼子様 こんにちは。
私の場合、映画は観ておらず、発売当初に本を読みました。 当時は、ある意味、無名な作品でした。 勿論、フィクションとして読みましたよ。 ただ、材料は、いくつか取材した結果だと感じましたが。 最近になって映画化になったことについてプロパガンダかわかりませんが、色んな議論はありますね。 私としては、映画も観ていないので、どういう伝わり方の情報なので、なんとも言えないですが。
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TONY
at 2010-01-07 11:15
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小説を読んでから、映画を見ました。
以前から、日本のNGOのメンバーでチェンマイのNGOと協力して子供をサポートしてます。 映画では最後にマフィアの自爆で警官隊が突入し唐突に解決します。 この唐突さが、制作スタッフの建前が必要なタイ政府へのささやかな反逆なのではないかと思う。 これが無かったら、タイ国政府は映画の制作を認めなかったのではないでしょうか。 原作では、さらに救いようのない結末が待っている。 そして、現実の世界では、チェンマイにいけば、旅行者として訪れるあなたには、普通なら闇の子供たちに出会うことはできない。 闇の世界に、光はないのですから。 でも、花売りの子供たち、売春バーの少女たち、路上の物売りの親子、目や手を意図的に奪われた物乞いに出会うでしょう。 私達のNGOで保護した子供の中には、親が連れに来て、売られてしまった少女たちがいます。 施設から出て行って、カラオケという名の売春バーで働いているらしい少女もいます。 闇の世界は、確実にあります。 厳しいことを言えば、できることをやらないのなら、あなたも虐待している人と、あまり変わりません。
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TONY
at 2010-01-07 11:37
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少し上の、涼子さんのコメントにショックを受けました。
その先生は、「児童売春、臓器移植の人身売買の全てが日本人のせいにされている」ことを事実無根だと言っているのですよね。 確かに、”全てが日本人”ではなく、欧米人も多いですし、日本人はその一部です。 このことを指摘して事実無根と騒ぎ立てるのは、人間としての愛が感じられず、罪の意識も無く、問題の本質を捻じ曲げているのです。 この様な人たちは、「児童売春、臓器移植の人身売買の一部(xx%)は日本人のせいです」とすれば納得するのでしょうか。
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聖月
at 2010-01-08 08:51
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TONYさん こんにちは
映画は見ていないので、自分の読書中の心の中の映像しかないところなのですが、それでも暗く悲しく苦しい世界だと感じています。 理論の組み立て方で、「誰のせい」というのは、色んな方向から構築できるのだと思います。 私の場合、誰に勧められるでもなく、早い時期に本書を読んで一人で感じ、多くの人が共有するような話題になるとは思っていませんでした。 そういう意味で、大事なのは、こういう世界が存在する事実だと重く受け止めています。 |
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