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2005年 06月 28日
まずはダラダラと家庭話。仕事から家へ帰ってみると、嫁さんが寝転んでいる。そして言う“私、死ぬかと思っちゃった”“どうしたの”“きょうね、家の階段の2、3段目くらいから落ちちゃったの。もう死ぬかと思って。いろんなことがグルグル頭の中をまわって。ああ、死ぬときってこんな感じかなって。結局、捻挫と打撲だけですんだんだけど、よく立てなくって。晩御飯は長女にカラアゲ作らせるから”“ふ~ん”本当に気のないように“ふ~ん”と答えてしまった評者なのである。嫁さんは、その反応のなさに複雑な顔をしていた。あたしのスゴイ危険をこの人は“ふ~ん”てか!みたいな。だって、階段の2、3段目から落ちるなんてよくありそうな話じゃないか。それを死ぬかと思ったなんて…と着替えながら考えているとふと気付いた。もう一度嫁さんとの会話再開“今、気付いたんだけど。階段の2、3段目から落ちたっていうのは、階段の上から2、3段目っていうことで、要するに11段くらい落ちたって話か?だったら、最初でわかるように言ってくれ。だからお前の話は、いつも主語がなかったり、自分勝手な言い回し…”結婚10年目の夫婦である。結局、夕食は長女(小三)が作ってくれたが、カラアゲといっても火や油を使うので、途中からは嫁さんも何とか立って台所へ。えっ?嫁さん、立たすな!自分が立てって?薩摩隼人はそんなことはできもさん!!で、結局長女と次女(年長)と評者の3人で食卓を囲みカラアゲを食す。嫁さんは追加カラアゲ揚げ揚げ中。最初のカラアゲ皿は、3人の食欲ですぐ空っぽに。評者としては自分はもういらないと思っていると、そこに追加のカラアゲ皿が。全部で9個のカラアゲ。嫁さんは、3×3=9で計算したらしい。以下、長女と次女の会話。“じゃあ、今から二人でわけよう♪”(←この時点でパパは仲間はずれ)“いいよ、お姉ちゃん。じゃあ、これが私、これがお姉ちゃん…”“あれ、1個余っちゃった。じゃあ、ジャンケンして買ったほうが貰うことにしよう(^O^)/”“ううん、お姉ちゃん、パパにあげよう♪”“ううん、ジャンケンで買ったほうが貰うの!”“ううん、パパにあげよう♪”“いや、ジャンケンで買ったほう!”“パパに♪”結局、ジャンケンで買ったほうのいう通りにしようということになり、次女がジャンケンで勝ったらパパにやるが、長女がジャンケンで勝ったらもう一回ジャンケンして買ったほうが貰うという、たったひとつのカラアゲに対して複雑な方法が選ばれてしまったのである。結果として、次女が勝ち、長女がいやそうな顔をしてパパにカラアゲを渡し、事件は収束をみたのだが。 わからないのである。パパである評者はわからないのである。なぜ、追加のカラアゲ皿がきた時点で長女はパパを排除したのか。なぜ、次女の素敵な提案を頑なに拒んで、パパを排除し続けたのか。これは何かの予兆なのか。無実のパパは、今後も排除され続ける運命にあるのか。日頃から本を読むか焼酎飲んでる勝手な評者に、子育てにおけるバチが当たってきたのか。バチは太鼓に当たるものじゃないのか。 本書『フライ,ダディ,フライ』は、上のふたつの話をミックスしたような心の隔たりの話から始まる。階段落ちとカラアゲの話じゃないぞ、念のため。同情し手を差し伸べるべきところで差し伸べることができずに、娘との心の距離が開いてしまい、その距離を取り戻そうとする40代の父親の話なのである。 高校生の娘が、他校の男子生徒から暴力をふるわれて入院する。幸い性的な暴力ではなかったのだが、顔も腫れ上がって…主人公である父親は慌てて病院へ。「おとうさん…」と手を差し伸べる娘。そこで娘の手を握れなかったこと、娘を抱きしめられなかったことから、この物語は始まる。それをきっかけに口を閉ざしてしまった娘。そこで父親はどうするのかというと…。 相手の男子生徒を襲いに行くのである。勿論、貧弱な中年男は失敗する。そして、映画「ロッキー」な展開へ。鍛える中年。それを指導する名セコンド。ニワトリを追いかけ(ウソウソ)、ロシアの雪原を走り(これもウソウソ)、子供たちと雄叫びをあげるロッキー・バルボアな中年男は最後の対決のリングへ上がっていくのであった。飛べ、飛ぶんだ、ジョー。立て、立つんだ、ジョー。お前の娘が待っているんだからと、明日のジョーな中年男の再生の物語なのである。 ところで、文体はコミカル。話はご都合主義。いかにも作り話。ドラマのために作ったドラマのような臭さ。でも、それがいい。娘の心が離れ。それを取り戻そうとするロッキー・明日のジョー中年主人公。読んでいると、俺も鍛えよう、俺も鍛えようと思ってしまう評者なのだが、2004年1月11日の指宿菜の花マラソン10キロの練習を何もしていない2003年12月28日時点なのであった。(20031227) ※掲示板によく出入りしてくださるマアさんとメールでやりとりしたときに、薦められた本。評者がよく娘たちの話を書評内に登場させるので。ということで、評者の初金城一紀でした。 書評一覧 ↑↑↑「本のことども」by聖月書評一覧はこちら
by kotodomo
| 2005-06-28 08:27
| 書評
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