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「本のことども」by聖月

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2005年 07月 01日

◎◎「長崎乱楽坂」 吉田修一 新潮社 1365円 2004/5


 こういう小説なら、似たような話でも何冊でも読んでみたい、そう思わせる、評者に感性のピッタリ合った佳作である。個人的に言えば、傑作なのだが。

 行間で読ませるという小説はあるが、章間で読ませるという小説には初めて出合った。本書は雑誌に連載された短編を、大幅加筆してまとめられたものである。連作短編集ではない。単純に続き物が一冊になったという感じか。第一章では7歳だった主人公が、第二章では小学五年生、最終第六章では成人と、時系列に並べられた続き物の物語なのである。ただし、各章が中途半端に終わるわけでもなく、それぞれが独立した短編になっていることも間違いのないところである。そして、そこに書かれているのは風景としての人間たち。決して細部まで細々と書かれていない登場人物たち。そして章ごとに時代が何年か飛んでしまうため、書かれなかった風景たち。でも、書かれなかった風景も何気なく読み取れてしまう、そんな章間を読ませる物語なのである。だから、わずか200ページ余りの小説ながら、その読後感は、相当量の年代記を読んだくらいに匹敵するというのは、ちょいと大袈裟か?とにかく、評者の感性に挑戦してみたいなという方は、読むべし、読むべし、べし、べし、べしなのである。

 冒頭、主人公の7歳の少年は弟と風呂に入っている。「どや?坊主たちの死んだ父ちゃんのと、どっちが太かや?」と腰を突き出す正吾。この若者ほか、多数の者が出入りする柄の悪さで評判の長崎の旧家が舞台。筆頭は叔父で、伯母や母親や出入りの若者や娘たちと暮らす主人公。じいちゃん、ばあちゃんも一緒に暮らす風景。母親と正吾の風景。色んな風景がサラリと描かれていく。そこに書かれているものは、ただ人間の風景のみ。それでいて読ませる。

 『東京湾景』で×評価して、この作者の技量に疑問を持った評者。しかし、本書を読んで驚かされた。この作家、元々すごい感性や技量を持っていることに。う~ん、久々に何の遊びも入れないまま書評を書いてしまったぞ。それだけストレートに響く良書なのである。多分、個々の感性で評価は分かれる作品かとも思うのだが。(20040905)

※真夜中に一気読みの読書でした。

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by kotodomo | 2005-07-01 14:08 | 書評 | Trackback(2) | Comments(0)
Tracked from 心理学とタイとウルティマ.. at 2005-08-30 23:12
タイトル : 長崎乱楽坂/吉田修一
自分の育った環境という背負いもの、 なりたい自分、 なれない自分、 男の子が”自分”を選びとっていくまでの物語として読みました。 そして単なる成長の物語だけではなく 主人公であり語り手である駿と自殺した叔父:哲也との 戦後を支えた威勢のいい男になりきれない男たちの反復の物語でもあります。 【ストーリー】 事故で父親を亡くした駿と悠太は母親(千鶴)の実家で生活している。 湯上りの男たちの酒に赤らんだ体、 夜中に連れられてくる甘え声の女、 離れでの母親の情事、 刺青の...... more
Tracked from ぱんどらの読書日記 at 2005-10-03 14:05
タイトル : 文春文庫 【最後の息子】 吉田修一
最近、若い女の子たちの間で 方言ブームが起こっているそうですね。 私は常に方言を使って生きる 宮城県人なので、 「ブーム」と言われても よくわかりませんが……。 この本の著者は長崎のご出身だそうで、 たぶん本の中の方言も 長崎弁なのでし....... more


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