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2005年 08月 28日
「終の信託」と「よっくんは今」という二つの中編が収められた一冊であり、そのどちらの主人公の女性も、自らの意思で他人の命の終わりを決め、そのことにより罪を問われているという現状を中心に据えた問題提議小説として著されている。作者あとがきで、どちらの小説も実際にあった事件を枠組みにして、そこに作者のフィクションを組み込んだとあるように、評者も途中読みながら、「終の信託」に関しては、実際にあった事件を想起しながら読むこととなった。ただし「よっくんは今」のほうは、あとがきでそう書かれてあっても、特に思い起こすような事件は評者の記憶の断片には留まっていなかったようである。 「終の信託」を読みながら思い出した事件というのは、やり手の女医が複数の患者に筋弛緩剤を施し、殺人の罪に問われた事件である。当時のニュースの女医の風貌などは記憶にあるが、何故にそういう罪を犯すことになったのか咀嚼しないまま、評者の中では風化してしまった事件でもある。本書を読んで感じたことは、あの事件、罪を犯した事件というより、罪が問われた事件だったのかもしれないということである。 普通の医師は、喜んで複数の人を殺しはしない。ただし、信念のもとに行った行為が罪に問われることはある。末期の患者の苦しみを取り除くことを目的とした、医療行為の中止や、何らかの薬物を施すような、多少積極的な終焉へ向けての援助である。そのときに本人の同意の証拠がないと・・・。結局、本書に描かれている被害者も、余命3週間~6ヶ月の患者である。それに対して、医師が悪意的な殺意を抱くはずがない。そこに殺意はあっても、患者を思っての(以前から築かれてきたお互いの信頼関係を礎にした)行為である。しかし、法律は人を殺すことについて、罪を問う・・・というよりは、それを運用する法曹界の事例や基準が、その行為の正当性を問うこととなる。実際に起こった事件の背景は知らない評者なのだが・・・寝たきりの妻に頼まれて殺したなんていう老人による殺人事件なんかといい、答えは出せないのだが、深く考えさせられる題材である。最後にいきなりバシャンと扉が閉ざされ、唐突に物語が終ってしまう構成も、これも中々に余韻を創出する効果になっている。 いっぽう「よっくんは今」のほうは、ちょっと文芸的な作風で、前者とはまた趣が違う。罪も違う。殺人事件なのだが、こちらは物語を普通に読んでも主人公に対する同情心は沸いてこない。カミュ『異邦人』の主人公が、“太陽がまぶしかったから人を殺した”みたいな、心情を構築する手法で、罪を犯した経緯に向かって、緩やかに物語は進行する。ただし、この中編で注目すべきは、取調べ警察官の人としての程度の低さや、看守の個人的な興味の描写にあるといっていいだろう。どうやら、この主人公、相当に魅力的な容貌らしい。その上、調書上は色んな男にさせてきたことになっているわけで・・・。 前作◎『死亡推定時刻』を読んだときは、題材は面白いけど小説作法はイマイチみたいな感じを受けた評者だったのだが、今回読まされたのはまさしく小説である。前作のように、法曹界に身を置いた人物が描いたからこの程度みたいな脇の甘さは排除されており、これを書いたのは桐野夏生でございます、なんて、それに近いレベルまで到達している。この作家、過去の作品も含め、もうちょっと読んでみたい・・・というか、過去の作品が文章作法的には未熟でも、色々と考えさせられる小説っていうのは、それだけで興味深く感じてしまうので。(20050827) ※過去の作品は、『お眠り私の魂』と『深層』。前者は驚くべき裁判官の実態を描いた小説。後者は4つの題材で構成されていて、どれもが興味深い。列記しよう。 大学病院薬物過剰投与事件「針」-医療過誤はなぜ起こるのか。 大阪池田小児童殺傷事件「スターバート・マーテル」-「死刑になるために殺人を犯した」男の元妻の手紙。 女子中学生手錠轢死事件「鏡」-なぜ少女は毎夜家に帰ることができなかったのか。 有名作家の子息自死事件「ディアローグ」-作家が自ら公表した「作品」に書かなかったものは。(書評No557) 書評一覧 ↑↑↑「本のことども」by聖月書評一覧はこちら
by kotodomo
| 2005-08-28 05:47
| 書評
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Comments(6)
この『深層』は、私が読んだノンフィクションと関係ありでしょうか?命の終わりを決めるという行為、深い問題を孕んでいますね。
お嬢様がたは、パパとのTDLを楽しめたかな。夏休みももう終わり。頭を切り替えなくっちゃ、です。
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ヾ(=ΘΘ=)ノさん 柳田作品のことです。
上の書評載せたとき、よっぽどTBしようかと思ったのですが、本体と関係ないなあと思いやめたのでした、ははは。 ニュースにならない事件の裏を小説に書く人なので、文体は前作などはイマイチなのですが、興味深い作品が多いようです。
やはり、そうなのですね。では、やはりちょっと読んでみたいと思います。
TB、オッケーです。脳死とは違うけど、人間が決めてしまう死、というテーマで繋がってる、ってことで。
やはりそうなのです。まあ、読むのは勝手連(^.^)
でも、意外に文学性があって、著者の肩書き考えなきゃ、普通の作家が意欲的に書いた、そんな作品です。 脳死の考えも、本書内に出てきまっせ。少しだけど。
はじめまして(´ー`)ノブログ村から遊びにきました
私もこの本早く読みたいんですよ~図書館の予約待ちです 死亡推定時刻が私としては かなり面白かったので とても期待してますです! 図書館の本を読み終えてしまったので 今はつんどく本から 乙一の「暗いところで待ち合わせ」を読んでいます また遊びにこさせてくださいね(^_^)/~~
まめころりんさん おはござです(^.^)
『死亡推定時刻』は結構評判になったのに、本書は全然話題にされていませんね。 天邪鬼な私は、こういう本こそ「どやろ?」と手に取った次第です。前作より小説っぽい。そして本書でも色々考えさせられて、他の本も読んでみようかと。 図書館本の消化もなかなか追いついていないところ。今のとこ積読消化は『OUT』桐野夏生、『突破者』宮崎学、ここらへんを先になんて思いながら、なかなかなあ(^^ゞ 是非、再々おいでくださいませ(^.^) |
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