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2005年 12月 04日
評者の通う仕事場は、1階がオートロックになっていて、ここに差し込む鍵には一応裏表があるのだが、両面の見た目の凹凸は結構似ていて、だからいつも裏表確かめずに鍵穴に差し込むこととなる。確率は1/2である。結果は、1:8くらいで、いっつも裏表逆で、あらためて差し込む場合が多い。色んなところで、確率以上に運が悪いなあと嘆く評者なのだが・・・話はガラリと変わり、評者の出身中学校の正式名称は、国立鹿児島大学教育学部附属中学校と呼ばれる。さぞや、お受験頑張ったのではと普通思うだろうが、試験や内申書や家族構成や親の収入などによるセレクションとか受験資格とかは一切なし。おおよそ鹿児島市という校区内に住民票があるかどうかのハードルのみである。じゃあ、どうやってセレクションするのかというと、クジ引きである。当時の男子の倍率が6倍。生涯のクジ引き運を、多分あそこで全部使っただろうな、自分は。でも、あのとき幸運を引き寄せていなければ今の自分がいないのは事実。色んなことに影響を及ぼした岐路だが・・・例えば、今の仕事の相棒と出会って青春時代を送ったのも、この中学時代。そのまま、同じ高校に進んだが、もし中学時代に出会っていなければ未来は間違いなく別なものになっていたはずで、今こうして東京で単身赴任していることもないだろう。その入学した中学で、2年生のとき、評者は初めて女の子とお付き合いというものをした。きっかけは・・・いわゆる、告白である。コクるである。生まれて初めての、異性に対する好意の吐露である。少年期を抜け出した青年の初体験である。もし、このときに惨めな結果に終っていたら、その後のトラウマになっていたかも知れない。人生において、考えたくない記憶№3くらいに入ったまんま、墓の中までなんてなったのかもしれない。教室で彼女に“話があるんだ。廊下でいい?”“うん♪”なんて廊下に出て行って、廊下なんか教室の延長みたいなとこだから、同級生たちはウヨウヨいるわけで、でもそんなこと気にせずに“付き合ってほしい”と言った青年評者。彼女がなんと答えるかのか、そんな言葉も想像せずに言ったのだけど・・・彼女から返ってきた言葉は一言“光栄です”。 誰が、そんな素敵な言葉考え付くのだろう。誰がそんな返事予想できるのだろう。人生最初の告白で。結局、彼女とは清廉潔白にお付き合いして、高校は別々で・・・そういう体験なんだけど、今考えると、あのとき彼女が“光栄です”と微笑んで言ったとき、評者の人生にはファンファーレが鳴ったのじゃなかろうか。天使が小さなベルをシャンシャン鳴らしたり。“あなたのこれからの恋愛運は永遠に薔薇色ですよ”って、天使が耳元で囁いたり。でも、そんなファンファーレには気付いてなかったわけで、次にファンファーレが鳴って、天使が囁いたのは、もっとずっと後のことだったなあ。そのとき天使が囁いたのが“この人があなたの奥さんになる人ですよ。ずっと離さないでくださいね”。 結局、離すも離さないも、東京で単身赴任なわけで、離れ離れなわけで、だから先日も会社の人間と飲んだあとの山の手で、一緒の方向に帰るやつがこんなことを言ってきた。 「聖月さんとこは、娘さん、5年生と2年生でしたよね。もうそろそろですね。もう少しすると、奥さんも子供をお婆ちゃんに預けたりして、東京に出てきたりできますねえ。そしたら東京でデートできますねえ。いいですね、そんなの。羨ましいなあ、ヒューヒュー」 ヒューヒューが余計だ、と思いながらこう返す、 「いや、ないよ。嫁さんが、子供たちを置いて東京に遊びにくることはないよ。」 「えっ?どうしてですか。」 「あのね、うちの嫁さんが、なんのために生まれてきたか教えてやろう。見ていてわかっているから、教えてやろう。心して聞きたまえ。うちの嫁さんはね、俺と結婚するために生まれてきたんじゃないの。母親になるために生まれてきたの。それもうちの娘たちの母親になるために生まれてきたの。見てればわかるの。だから、そんなことはしないの。そんな暇があったら、子供たちと過ごすの。」 一緒にいた彼が、人生の素晴らしさという雷に撃たれた瞬間である。 と、以上の話は何かっていうと、評者が大事に思っている記憶、大事に思っている運、今の人生の礎だと思っているもの、自分の人生も捨てたもんじゃないなということ、大事にしていきたい得心、そんなものを並べてみたのである。 さて、無駄話はまだまだ続くよ。 人は色んなことを頭の中で勝手に想像するわけで、頭の中だからいくらでも想像できるわけで、例えば評者は小さい頃、無理矢理昼寝を強要される中、眠れず、家の天井を眺めながら、こういうことを考えて想像を膨らませていたものである。もしも・・・もしも、この家の天井と床が逆さになったらどんなだろう。天井が床になると、部屋と部屋の間に欄があるから、あれを越えて移動しなきゃいかんわけだ、で、この部屋からあの部屋に行って、おお、トイレの前に辿り着いて・・・なんや、トイレのドアの取っ手に、手が届かんど!とか、あなたは考えたことはないか?ないか。そうか。ただし、評者もそのときは、たとえトイレのドアの取っ手に手が届いたとしても、便器が天井についてるってとこまでは気付いていなかったけどさ。 また、こんなことも考えた。評者が生まれた鹿児島市。堤防まで出ると、そこには錦江湾が広がり、中央に桜島が雄雄しく鎮座している。で、考える。この錦江湾の海水が全部干上がったら、桜島まで歩いていけるよなあ。どんな風になるのかなあ。海の中、どうなっているのかなあ。少しいくと、ガ~ッと深くなったりっして、崖みたいのあったりして、やっぱり歩いては無理なのかなあ、どうかなあ、なんてね。とか、あなたは考えたことはないか?ないか。海がないし、湾がないか。そうか失敬。 で、よく考えたとき、上の二つの夢想の実証は、実現可能なのである。まず、家の話。逆さまにしてみればいいだけなのである。お金と暇と権限があって、行政とか近隣住民とかの抑止力さえ排除できれば、家を逆さまにして歩いてみればいいのである。 錦江湾もそう。無限なる我儘を手に入れれば、諫早湾みたく、大隅半島の佐多岬、と薩摩半島の指宿あたりを結んだラインを堰きとめて、あらゆる業者に無理をさせ、錦江湾の海水を吸い上げればいいのである。 いや、そんなのどちらも現実的に無理というかもしれない。でも、できるのである。家をひっくり返さなきゃ、錦江湾の海水を汲み上げなきゃ、人類が滅亡するなんて話にでもなれば、人類の叡智を尽くして出来る話なのである。まあ、それをしないから評者の頭の中に限りない物語が紡がれるんだけどさ。 でも、そんな馬鹿なこと人類はやってきているのも事実。原爆。原爆が広島と長崎に投下された事実は事実。実験ではない。ただ、抑止力として威力を想像するだけでは済まない、科学者として実験したかった人たちがいただろう。個人的に評者はそう思うし、これまでも各所でそういう事実が語られている。 そういえば本書『魔王』の中で、今の若者たちは終戦記念日がいつなのかも知らないという件(くだり)が出てくる。昭和20年、この日を一生忘れないと日本人全員が誓ったはずなのに、と。まあ、最近の若者にはそんな輩も多いだろうな、なんて苦笑しながら、チョット待て!である。評者の年代でも、広島と長崎の悲惨な日をちゃんと言える人が一体何人いるのかと・・・。 愚かな実験。9.11もそうである。◎『9.11 生死を分けた102分』ジム・ドワイヤー&ケヴィン・フリンの書評でも述べたが、ツインタワーに旅客機が衝突したらどうなるかという仮想は、全然突飛なものではない。造った責任者が、旅客機が衝突しても倒壊しない設計になっていると、当初から豪語していた建物である。旅客機が衝突することも仮想して作られたビルなのである。そして、実験を試みた悪魔が出てきて・・・みんな、9.11のことは、その日のことは忘れないと言うだろう。今は言うだろう。でも、広島と長崎の日がいつなのか、あなたは覚えていますか。 と、以上の話が想像と現実の話である。世の中には、色んな想像力が内在しているということである。ただし、それが現実となったときには、そこから先は想像の物語はもう紡がれないという話である。そして記憶は・・・という話である。 ・・・以上いつにも増してダラダラと書いてきたが、大きなところでいうと、評者が心の中で大事にしているものと、評者の心が紡ぐ思考、夢想の世界である。 今回、本書『魔王』において、著者伊坂幸太郎が惜しげもなく注ぎ込んだものは、作者が大事にしているもの、哲学までは昇華していない作者の夢想の世界である。別の面から見れば、前作○『死神の精度』のアンサー的小説でもある。評者にとっては『死神の精度』のほうはイマイチであったが、本書『魔王』を存分に楽しむためには読んでおくことが不可欠だろう。 そして、本書のベースは悪魔物である。評者の個人的ジャンルの中では、はっきり悪魔物である。人の考えの及ばない力が出現し、それが波やうねりを作って進んでいく。そして、その力を内在する者の影がチラつけば、それはもう悪魔物なのである。よく引き合いに出す『料理人』ハリー・クレッシング。これなんかがいい例で、この中には悪魔という、はっきりとした存在は出てこない。コブの町にコンラッドという料理人が現れる。彼の作った料理を食べると、太っていた者は痩せ、痩せていたものは太る。評判を呼ぶコンラッド。いつしか町の人たちは、彼の作った料理を食べた人々は・・・そういう話である。 本書『魔王』でも、人に思ったことを話させることが出来るという、不思議な力が登場する。それ以外にも、何らかの力の存在を感じさせる物語全体。波は、うねりは、どこへ行こうとしているのか?本当に力を持つ悪魔は誰なのか・・・。 な~んてね。いや、悪魔物ってのは本当のことなんだけど、やはり本書の最大の魅力は伊坂流伊坂節の全開というところなのかなあ。◎◎『重力ピエロ』匹敵の最強の兄弟に、音楽のモチーフ、鳥、グラスホッパーという小道具、とにかく素敵なものがぎっしり詰まった小説なのである。評者が読むべし!と言わずとも、みんな読むだろうから・・・こういう本を読めてよかったと言っておこう。 そうそう、評者が大事にしているシーン、これは今でも続いているのだけど、いつまで続くのかな?鹿児島に帰っているとき、夕食時は大抵2階の書斎にいる評者。夕ご飯の準備ができると、評者を呼びに来るのは大概、下の娘のほうである。階段の下から呼ぶときも、評者の書斎のドアを開けて目の前30センチのときも、いっつも言うセリフは一緒。離れたとこから呼ぶときと、目の前にしたときと、言う言葉は違いそうな気がするけど、いっつも一緒。“パパ~♪ご飯ですよ~♪”人にはわからない、評者の好きなシーンである。(20051204) ※紙と富士山の話は、伊坂にしては陳腐な話だと思ったのは評者だけ?計算するときも、原数字に順番に掛ける前に、最初で乗数を計算してから原数字にかけたほうが早いじゃんって思ったのも評者だけ?まあ、そんなことすると効果減だけどね(笑)(書評No599) 書評一覧 ↑↑↑「本のことども」by聖月書評一覧はこちら
by kotodomo
| 2005-12-04 14:37
| 書評
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Trackback(22)
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Comments(10)
いつも楽しく読ませてもらっています。
なんか考えることがおもしろいですね。 魔王は僕の中でも、読めてよかったぁって思えた作品です。 でもまだ謎めいたものが頭にのこってていまそれを取り除こうと奮闘中です。 またきます。
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ザ・ワールドさん いつも楽しく読んでくださってありがとうございます。
考えることが面白い???いや普通なんですが(^^ゞ 人それぞれ、小さいときから色んなことを考えていて・・・ここは私のその捌け口です(^.^) 謎めいたものですか・・・伊坂作品はそれを埋め込んでない気がします。 単に浮遊感が残せればみたいな仕掛けでしょうか。 と、勝手に思っておりますが(^^ゞ 是非、またお越しください。
たくさん書かれましたね! 懐かしい話が盛りだくさん…小出しにしないと、勿体ないって(笑)。でも聖月大先生だから、枯れることはないのかな…なんて書いてたら、同じ様なことを私の方に書いて頂いたのですね^^
でも、素敵な無駄話を交えての書評、流石でございます。特に、“作者が大事にしているもの、哲学までは昇華していない作者の夢想の世界”というの、上手いなぁ。 悪魔もの、かぁ…大衆心理の波やうねりの恐ろしさ、というのは感じたけれど、はっきり悪魔もの、とは思い及びませんでした。自分のとこに書きましたが、私としては家族(兄弟)の愛、とか絆、とかを強く感じました。 紙と富士山の話。確かにちょっとじれったい場面ではありましたね。それと 私はもっと単純に、「紙の厚さを0.09mmと考えずに0.1mmにしてもいいんじゃないか…その違いで、結果はどこまで変わってくるんだろ?」という小さな疑問がありました。検証は、しませんでしたが(笑)。
BBroseさん おはござです。5時半起きの埼玉行き、睡眠時間4時間。
晩酌したら眠れなくて(^^ゞ はい、伊坂君がぶちこんだので、自分もぶちこんでみました。 ネタ切れ?まだまだありまっせ。 ジャンボパフェ事件、ケツ痛い事件、記憶の考察・・・って、なんで書評書くのにネタいるのかいな(笑) 枯れる?もう年寄りだから?・・・涸れるじゃあ。枯渇じゃあ・・・ あれ、どっちの文字も入っている・・・どっちも正しいの? 眠い・・・だるい・・・行ってきま~す(^O^)/
聖月さん、お嫌いの「あらすじ」だけです。感想編は、近日中には・・。と思っておりますが・・。
嫌いって(笑)
毎回、粗筋だけ紹介しているサイトなんかに、その意義を見出せないだけです(笑) あと、自分が粗筋書くの好きくないだけです。 あと、文中引用なんかは、もっと面倒なので、これも好きくないです。 バッ、バッ、バッ、はいオシマイ、こういう書き方が好きなだけです(^.^)
聖月さん、すごいですねえ。
これだけネタ出しても、まだまだありますか!(笑) 中学生の時の彼女は、今の奥様ですか? あ、また別の方でしょうか。 (奥様と知り合われたのも、確か中学か高校の時でしたよね?) 奥様がお子さんを置いて東京へ来ることはない話、確かにそんな感じですね。 とは言っても、もちろん聖月さんへの愛情もたっぷりなわけで。 やっぱり素敵な人だな~。 錦江湾は、ぜひモーゼのように手を杖を振って道を作って頂きたいです。(笑)
四季さん、実は・・・
読み返してみて、詰め込んだのはいいのですが、途中、脈絡的におかしいなあ、まあいいかと、そんな文章になってしまったのは自分でもわかっております。 さすが、伊坂にはかなわん(笑) 嫁さんとは、高校での出会いですので、この彼女は違った少女なり。 日舞などをやっていたような。なんで、自分の周りはこんなハイソなんでっしょ。 うんうん、私の娘を育ててくれてありがとうなのです。
複雑な思考回路と相手に伝わる言葉を持った、伊坂氏と聖月さん♪ 私、「魔王」の読後の余韻で聖月さんの名を持ち出したい衝動に駆られましたよー(笑)
思いつきの思考の吐き出しと、伝わろうが伝わるまいが勝手にのたまう私と伊坂が一緒?
光栄です。ただ、伊坂のような企みが持てないのが、技量不足・・・ |
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