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「本のことども」by聖月

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2006年 01月 15日

◎「彼岸先生」 島田雅彦 新潮文庫 660円 1995/6


 童貞について考えた。

 本書の前半部分、主人公は19歳の大学に通う青年。童貞ではないのだが、年上の気のおけない大人に“キミは童貞か?”と問われると、面倒なので“はい、童貞です。”そんな風に答える青年である。前半部分は、そんな主人公と彼岸先生との邂逅を綴った物語である。そこで、評者は童貞について考えたわけである。

 例えば、評者が“ヨン様は童貞だ!!!”と主張したとしよう。友人、知人も嫁さんも、みんな口を揃えて“そんなわけないよ”と言うであろう。じゃあ、あなたたちは、ヨン様のそういう現場に居合わせたことあるのか、見たことあるのか、嫁さんにヨン様とやったことあるのか、と訊いてみたところで、それはないけど・・・と答えるだろう。けど・・・そんなわけないよ、と言うだろう。なんで、そんなわけないんだろう?独身のヨン様が童貞じゃない証拠なんて、科学的にどこにもないぞな。なのに、そんなわけないと言うのはどういうわけぞ?で、よく考えたときに、童貞というのは非常に概念的なもので、それは本人とその周りの数人しかわからない事実に相違ない。チンポを科学的に調べても、前と後じゃ何も変わらないだろう。だから、ヨン様の身体を韓国の黄教授が調べて、彼は童貞ではないとクローン学界にデータや論文を提供したとしても、それは捏造に他ならない。ゆえに、“ヨン様は童貞だ!!!”と声高に主張する評者なのである。反論の証拠があるなら、いつでも受けて立つぞ、黄教授。

 じゃあ、43歳老眼の評者は童貞なの?って言われると、これは科学的にどうもそうではないらしいということが推論される。前と後で形状が大きく変わって捻じ曲がったわけでもないし、棹に“捨てました”と書いてあるわけでもない。ただ、法律上の娘たちがいるわけで、その娘たちとの親子DNA鑑定をしたなら、DNAには“親子です”と書いてあるはずで、まあもっと難しく掘り下げない限り、評者が童貞ではないことが、科学的に推論できるわけである。ああ、僕はもう、童貞のあの日に戻れないんだあ・・・。

 そうだ。今度、2月に評者は駿河の新居に移り住む。14時に到着する予定の荷物を、不動産会社の30ちょっと過ぎの女性と待ちながら、彼女からガスや電気やその他部屋の説明を受けながら、それでも荷物が到着するまでに間が空いて世間話をするようであれば、彼女にこう言ってみよう。“僕ですか。鹿児島生まれのフランス育ちです。結婚?してません。独身です。それに童貞です。趣味は一目惚れです。今、趣味モードに入ったところです。お付き合いしてください。”嘘ばっかりの会話だが、彼女はフランス育ちを信じるかもしれないし、独身に騙されるかもしれないし、じゃあ、お付き合いしましょうと言ってくれるかもしれない。だが、童貞ですという部分は笑い飛ばすだろう。信じないだろう。他のことも嘘なのに、この嘘だけは信じてくれないだろう。じゃあ、一体、童貞の概念ってなんなのだろう・・・わからん。ああ、僕はもう、童貞のあの日に戻れないんだあ・・・。

 本書『彼岸先生』は先に述べたように、前半部分は“童貞です”と嘘をついても信じてもらえる青年が、多摩川の向う岸=彼岸に住む先生を心の師として仰ぐようになった経緯や、甘酸っぱい恋愛を描いた青春物語である。ところが、中盤からは、その先生の日記というか、手記によって、話が進んでいく。

 文庫本の表紙カバーには、“平成版『こころ』”と謳ってある。なるほど、これが書かれている時点で、先生は此岸にはいないし、前半は先生と主人公の出会いであり、中盤からは先生の手記である。そして“彼岸”という言葉や、最終章の章題「それから」からしてみても、夏目漱石である。

 しかし、前半部分を読んでいたときに、評者の心に浮かんだ先生像は、太宰治であり、太宰の小説中の主人公であり、『人間失格』の主人公であり、また回帰してぼんやりとした不安を抱える太宰自身の投影であった。そして、その手記を読み始めると・・・

 やはり、夏目的島田節、高踏的で洒脱。一見、太宰に見えた先生も、ドン・ファンで光源氏で、オナニストであることが、次第に明らかになっていく。きっと、この先生なら、童貞とは何かを明確に教授してくれそうである。そのときは、評者もこの御仁を師と仰ごう。彼岸先生、畏るべしである。(20060115)

※単行本は1992/3の発刊。文庫本の巻末の蓮實重彦氏の解説が非常に考察的なので、同じ読むなら文庫本をお薦めしておこう。(書評No616)

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by kotodomo | 2006-01-15 15:33 | 書評 | Trackback | Comments(4)
Commented by ましろ at 2006-01-15 20:33
聖月さん、こんばんは。この記事を心待ちにしておりました。
畏るべし彼岸先生!そんな先生が蘊蓄をもって語り尽くす「彼岸先生の寝室哲学」(byハルキ文庫)なる本がありますが、これは非情につまらなく。私は女子高生時代に何を思ってこの本を手にしていたのか、未だに謎のままです。
Commented by 聖月 at 2006-01-15 20:52
ましろさん こんばんは。え?私が童貞かどうかの記事ですか(笑)
宣言どおり読ませていただきました。でも、新刊予約したもののいつも後回しで、延長して4週間借りれるわけで・・・全部で10週間くらい借りて、やっと読む暇ができて読了。面白かったですね。『モーダルな事象』もなんか彷彿とさせて(^.^)
次は『僕は模造人間』ですね。どこで手に入れましょ。
Commented by masagonasu at 2006-01-20 00:24
こんばんは。島田雅彦さんの作品について書いてくださって、とっても嬉しいです。『僕は模造人間』も、とても好きな作品なので次回を楽しみにしています。先走り過ぎかもしれないけれど、恋愛三部作も是非。
Commented by 聖月 at 2006-01-20 07:26
masagonasuさん こんにちは
『退廃姉妹』で出会った島田雅彦作品ですが、いいですね(^.^)小説ですね。
恋愛三部作が話題になったときは、きっと難しい読み物なんだろうと思っていましたが、2作読んでそういう作家ではないことがわかってきました。
『僕は模造人間』明日、図書館にとりに行きます(^^)v


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