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「本のことども」by聖月

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2006年 07月 03日

直木賞受賞記念 ◎◎「遮断」 古処誠二 新潮社 1470円 2005/12


 今朝の讀賣新聞朝刊の“人生案内”が非常に印象に残った評者である。評者は、毎朝、新聞の全ての面を開いて眺めるが、そんなにつぶさに記事を読むわけではない。ただし、植田まさしの漫画“こぼちゃん”を読む確率よりは、人生相談コーナーといえる“人生案内”を読む確率のほうが高い。別に自分が人生に悩んでいるわけでもないし、他人の悩みに耳をそばだてたいのでもない。人生のケーススタディとして、自分の抽斗にしまいこむだけである。ふ~ん、そんな悩みもありそうね、ふ~ん、回答者としてはそういう回答が無難だよね、大体そんな感じで、抽斗にしまいこむ前に印象が薄れ、そのまま次の記事に意識が移ってしまうのことのほうが多いのだが・・・。

 今回の相談を要約すれば、大体こんな感じ。“40代男性。過去に大病を患い、これから先、長く生きられる自信もないが、20年とか生存する可能性もあり。つかず離れずの彼女は、結婚までは強く望んでいないが、自分の子供が欲しいという。母子家庭に対する憂いと、二人の間の問題と考える立場で悩んでいます。アドバイスをお願いします。”というもの。

 この問いに対する直木賞受賞作家でもある出久根達郎氏の回答に、氏の相談に対する真摯な姿勢を感じ、心に残った評者なのである。まず氏は“大変むずかしいご相談に第三者がお答えすることだろうかと1週間悩みました(以上要約)”と踏まえた上で、こう回答している。以下、著作権の問題もあるかもしれないが、誤って伝えるといけないので、原文のまま抜粋転記したい。“決める際の参考までにお聞き下さい。相手が強いて望むなら、同意なさい。そのかわり、あなたはその子のために、生きなさい。一生懸命に、生きなさい。生きる義務が、あります。父親として、生きなくてはいけません。何としても生きる。母子のために生きてみせる、という気持ちが無いなら、やめなさい。(以下1行略)”

 そう、人は生きなければいけないのである。誰かのために、生きなければいけないのである。特に、子供のために親は生きなければいけないのである。本書『遮断』は沖縄を舞台にした第二次大戦末期物。根底には生きる力とは何かという問いかけがあり、特に防空壕で離れ離れになってしまった母親が、生後4ヶ月の赤ん坊を捜すために、戦火をかいくぐって彷徨するというエネルギーで支えられている。

 その戦地沖縄については◎『接近』で著者が一度描き、評者も自分があらためて感じたことをその書評内に書いたが、再度イメージ的にお伝えしよう。

 評者が昔から嫌いなゲームに、椅子取りゲームというのがある。40人いれば最初は39の椅子を(いきなり30でもよいが)用意し、椅子の周りを皆でグルグル、笛の合図とともに椅子争奪戦。どんどん数を減らしていき、最後は1個の椅子を2人もしくは数人で争う、皆さんご存知のあのゲームである。評者は、ああいう醜い争いが嫌いである。39の椅子を争うとき最初に脱落するほどの不幸は抱えていないが、多分中盤前に意欲をなくして脱落するタイプである。最後に残った人々の、相手より優位な位置を確保しようとする狡猾さ、ケツで相手を椅子の上から押し出そうとする醜態、そんなのを馬ッ鹿みたいと眺めているタイプである。

 戦地沖縄では、たとえば、最初100組の班のために、避難壕が150個あった。それが戦局により追いやられ、90、80と減っていく。そこに軍人が現れ、今日からこの壕は我々が作戦に使用すると宣言する。そこに逃亡兵が現れ、正規軍の振りをし、階級上位であることを誇示し、先住兵を追い出す。正規軍も逃亡兵も住民も、戦禍によりグループが散り散りになり・・・避難壕の数は、椅子取りゲームの椅子の数は、当然足らなくなってくる。ただし、これはゲームではなく、気取ってる評者みたいなのは当然生き延びていけないわけで、皆必死になり壕だけでなく、色んなものを奪い、または死守していくことになる。それが家族のためであったり、国のためであったり、矜持のためであったり。

 あの傑作◎◎『ルール』を書いたあと、著者はその後も大戦末期物を書き続けているが、その後の作品を読みながら、もう『ルール』ほどの傑作は書けないだろうなあと、勝手に思っていた評者である。しかしながら、本書の出来映えは、実に実に素晴らしい。

 まずは、その設定。色んな序章が相まって物語は流れていくが、基本は、赤子を求める母親と、逃亡兵と、憎たらしくも階級のある(少尉)負傷兵の彷徨の物語である。この三者のありようが素晴らしい。読者は途中、二人とも早くその少尉から逃げおおせよと祈りながら読み続けることになると思うのだが、その少尉が持っている一面を垣間見たとき、物語は厚みを増していく。あと、この作品でも、作者がミステリー性を放棄しなかったところが、物語の深度を一層のものにしている。こういう要素があわさったとき・・・素晴らしい物語は出現したのである。静かに言おう。読むべし。(20060121)

※第132回の直木賞で『七月七日』が候補となった古処誠二。本書で第135回を射止めてもおかしくないだろう。受賞前に読むべし。(書評No622)

↑このとき、既に予言していた聖月法師様はエライ!!!

by kotodomo | 2006-07-03 13:12 | メモる | Trackback | Comments(4)
Commented by ぱんどら at 2006-07-03 17:40 x
わかる! うちも読売新聞ですが、「人生案内」のコーナーが一番おもしろいです。おもしろい、とか言ったらまずいかな。でも本当にそこだけはキッチリ読んでます。

久世光彦さんの回答が好きでした。短期間で終わってしまってとても残念です。

映画監督の大森一樹さんの回答もけっこう好きです。

回答者によっては「あたりさわりのないことしか書いてないぢゃないか」と思うこともありますけど。
Commented by 聖月 at 2006-07-03 19:17 x
ぱんどらさん なんか一人暮らしのときは読売昔から取ってるんですよね。
大学時代はまだ巨人が好きだったからですが、特に野球に興味を示さなくなってからも、なぜか。
いや、コボちゃんのファンとかいうのでもないのですが、なぜか。
「人生案内」のファンでもないのですが、なぜか。

いい回答者というのは、本当に人生に対して、いい言葉をかけるもんですよね。
Commented by na_mi at 2006-07-04 23:42 x
読んでいる本に感情移入してしまうらしい。聖月さんのブログは町田康口調であり、『重力ピエロ』のような、好ましさを感じてます。頭の中では自分勝手に考えるけども、なんだか泣ける。いいじゃないか、と思います。
Commented by 聖月 at 2006-07-05 08:17 x
na_miさん おはようほざいます(^.^)
町田康は、私の人まね師匠ですので、これは意識して。
う~ん、伊坂、これは真似ようにも難しい。
伊坂も最強の家族小説なんか書いていますから、そこらへんは少しかな(^^ゞ
しかし、作家の出久根氏のコメント、感動しました。


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