2006年 08月 25日
文庫化(^O^)/荻原浩はこれを読むべし! 今年最大の収穫本である。前作『メリーゴーランド』が今ひとつの面白さだったので、ただ単に新作だからといった理由で図書館に予約を入れた本書を、他に読む本が多かったので、読まずに返そうか、なんて思っていたくらい内容に特に期待せずに読み始めた評者だったのである。う~ん、傑作。一番の理由はたったひとつ。今年読んだ本の中で、後の展開がこんなに気になって、頁を急ぐ気持ちを喚起された本はなかったからである。いやあ、読んでいて楽しかった。 本書は簡単に言えば、タイムスリップ物である。サーファーの青年(少年)が昭和19年の軍隊にタイムスリップ。これだけなら、よくある設定なのだが、実は後方ひねり二回転半くらいのオリンピック鉄棒的難度Cをうまくまとめて着地しきった作品なのである。二人の人間が入れ替わってしまう物語は、これはよくある。そして本書では、その二人が時代を超えて入れ替わってしまうのである。ウルトラCほどではないが、難度Cがうまく調和を保ったまま、読ませて、読ませて、読ませてくれる本書『僕たちの戦争』なのである。 その昔、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』がヒットした。主人公の青年が、両親がまだ学生だった頃にタイムスリップ。母親が、主人公に恋心を抱いてしまう。こりゃいけない。主人公は、若い両親のキューピッド役へ。こんな話だというのは、映画を観る前にテレビや新聞の記事かなんかで知っていた。そして、既に観たという友人たちが、口を揃えて面白かったという。本当に面白いのかしらん、と思っていた評者。ところが、実際に観てみるとすこぶる面白い映画だったのである。単純な設定に頼らない、エンターテイメントな作りに、唸るくらい面白かったのである。本書も同様である。 サーフィンに明け暮れて、バイトも続かないような今風の青年が終戦間近の軍隊で、どういう風に生きていくのか。国のために散ろうと決めていた青年が、いきなり現代にスリップして、どう驚愕し、いかに順応していくのか。単純な話のようで、色々と新鮮な眼で今の世を映し出してくれる作者。 現代にスリップした若者の目に、看板が飛び込んでくる。「7」と書いてある看板。敵国語も少しは必要かと覚えている主人公なのだが、首を捻る。「7」は確か「セブン」のはず。なのに「7」の横に添えられた文字は「イレブン」。一体全体、意味するものは何なのか、首を捻る主人公なのである。これを読んでいるそこのあなたも、そういう目でもう一度最寄りの店の看板を見るべし。 もうひとつの視点が、現代人から見た戦争。当時は、祖国のために、国の未来のために死ぬのなら本望であるという考えが、若者の中に浸透していた。それが間違っているとかいないとかじゃなく、とにかくそういう時代であったのである。渋谷に視点を移そう。金髪、銀髪、赤髪、鶏冠頭、穴あけピアス、裸みたいな服装の少女、ガングロ、こんな頭の中身がないような若者たちの馬鹿な平和のために、特攻を志願して散っていった終戦直前の若者たち。彼らが守りたかった国の未来は、こんなはずじゃなかったんじゃないのか! 本書の構成で気付いたこと二つ。入れ替わってしまった二人の青年の描写が、大体交互に描かれていくのだが、現代のパートの章番号には数字を、過去のパートには漢数字を使っているところが、ちょっと気の利いた工夫である。それともうひとつ。これは、意図されたのか、そうでないのかわからないことなのだが。昭和19年にスリップした若者は、特攻の組織に編成されてしまう。現代にスリップした若者も、そのことに薄々気付いてくる。とすれば、遅くとも昭和20年の8月15日に間に合って元の世界に戻れれば、自分が国のために散ることができるかも知れない。でも、そこに間に合わなければ、自分じゃない人間が散ることになる。後半は、一気にその時点に向かって話が進んでいく。ちなみに本書の出版は2004/8/15の日付である。 人により、評価は分かれるとは思うのだが、読んでいて楽しい本はいい本であるという読書にはお薦めである。また、今まで肩の力を抜いて書いてばかりいた作者、荻原浩の力技の小説かとも思う。『噂』以来かな、力を注いでいると感じられる小説は。でも、評者にとっては、現時点でのこの作者の集大成的な作品と位置づけてもいいのじゃないかと感じている。とにかく、読むべし。そして、個々の評価に従うべし。(20040913) ※一点だけ、冒頭で気になる表現あり。サーファーの主人公が台風情報のことを考える。そして津波の心配はないと断ずる。しかし、津波と地震は関係あるが、台風と津波は関係ない。作者の勘違い+編集者の不注意だろう。
by kotodomo
| 2006-08-25 12:35
| メモる
|
Trackback(1)
|
Comments(0)
Tracked
from miyukichin’m..
at 2007-02-12 16:21
タイトル : 僕たちの戦争/荻原 浩 [Book]
荻原 浩:著 『僕たちの戦争』 初・荻原さんです。 初めてその名を認識したのは、 映画 「明日の記憶」 の同名原作本の著者 として、でした。 (こちらも読みたいと思ってて、予約待ち中です) で、この 「僕たちの戦争」。 読み始めてから気づきましたが、 昨年秋に、ドラマ化されていましたね。 主演の森山未來クンも好演してたし、 ドラマそのものも、よくできてたんじゃないかな。 現代に生きる、ちょっといい加減なイマ風の尾島健太と、 昭和19年の戦時下で飛行演習中の石庭吾一...... more |
アバウト
カテゴリ
ことどもカテゴリ
意外と書評が揃っているかもしれない「作家のことども」
ポール・アルテのことども アゴタ・クリストフのことども ジェフリー・ディーヴァーのことども ロバート・B・パーカーのことども アントニイ・バークリーのことども レジナルド・ヒルのことども ジョー・R・ランズデールのことども デニス・レヘインのことども パーシヴァル・ワイルドのことども 阿部和重のことども 荒山徹のことども 飯嶋和一のことども 五十嵐貴久のことども 伊坂幸太郎のことども 伊集院静『海峡』三部作のことども 絲山秋子のことども 稲見一良のことども 逢坂剛のことども 大崎善生のことども 小川洋子のことども 荻原浩のことども 奥泉光のことども 奥田英朗のことども 香納諒一のことども 北森鴻:冬狐堂シリーズのことども 京極夏彦のことども 桐野夏生のことども 久坂部羊のことども 黒川博行・疫病神シリーズのことども 古処誠二(大戦末期物)のことども 朔立木のことども さくら剛のことども 佐藤正午のことども 沢井鯨のことども 柴田よしきのことども 島田荘司のことども 清水義範のことども 殊能将之のことども 翔田寛のことども 白石一文のことども 真保裕一のことども 瀬尾まいこのことども 高村薫のことども 嶽本野ばらのことども 恒川光太郎のことども 長嶋有のことども 西加奈子のことども 野沢尚:龍時のことども ハセベバクシンオー様のことども 初野晴のことども 花村萬月のことども 原りょうのことども 東野圭吾のことども 樋口有介のことども 深町秋生のことども 『深町秋生の新人日記』リンク 藤谷治のことども 藤原伊織のことども 古川日出男のことども 舞城王太郎のことども 町田康のことども 道田泰司大先生のクリシンなことども 三羽省吾のことども 村上春樹のことども 室積光のことども 森絵都:DIVEのことなど 森巣博のことども 森雅裕のことども 横山秀夫のことども 米村圭伍のことども 綿矢りさ姫のことども このミス大賞のことども ノンフィクションのことども その他全書評一覧 最新のコメント
最新のトラックバック
|
ファン申請 |
||