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「本のことども」by聖月

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2007年 03月 14日

◎「月への梯子」 樋口有介 文藝春秋 1600円 2005/12


 この作品が出版された後、巷間では“樋口版『アルジャーノンに花束を』”だとの評判が立ったらしく、作者はそれを雑誌の記事で否定していた。自分は、『アルジャーノンに花束を』を読んだこともないし、内容も知らないので、その本へのオマージュだとかではなく、とにかく自分のオリジナルだと。

 なるほど、そう言われても仕方がないかもしれない。普通の人より頭が弱い人物が主人公。その主人公が、ある影響のもと、次第に知性を身につけていき、そこから派生する周囲の驚きや、自分自身の戸惑いが描かれるというアイディアは同じである。ただ、そのアイディア自体は、そんなにオリジナリティを感じさせるものではないので、作者がそう言うのなら、本当にそういうことなのだろう。

 大事なのは、そういうアイディアを軸にしながら、物語自体をどう展開させるかが肝要なのである。そこはやはり、読者に対してエンタメを提供することを心掛けている樋口有介、陳腐なワンアイディアから樋口流の物語を紡ぎだす根底にはプロの力が窺い知れる。

 読み始めたときは、あれっ?と思った評者なのである。樋口有介らしくないじゃん。このままじゃあ、ワイズクラックもそこはかとないハードボイルドも期待できないじゃんと。ところが、主人公が頭を打った(←これも陳腐なアイディアだが)ところから、樋口らしさ満載である。楽しくなる。以前どこかで見聞きした、ハンフリー・ボガード流に喋ってみる主人公は、可笑しくも、やはりどこかそこはかとなくハードボイルド。知能の発育とともに、顔も体も引き締まり、“周りの女性に好意を持たれる”ところも、この作者のお約束事。中年男性読者の聖月様にとって、願望小説としても楽しい部分。いやあ、樋口有介は上手いなあ。

 結果として、物語の大筋や落ちといったところには、本書『月への梯子』の妙味はない。ミステリーとして読むと勝手極まりない種明かしだし、SFとして読んでも全然辻褄が合わない物語なのである。とにかく、この作家の場合は、“樋口流樋口節”ともいうべき、軽くてワイズで、そしてそこはかとなくハードボイルドな筆致を楽しまなくてはいけない。みんなが伊坂幸太郎を指し、伊坂節などと評するが、舞城王太郎や町田康などと違って、伊坂には伊坂節なる特定できる表現はなく、そういう意味で評者は昔から伊坂の持ち味の部分を“伊坂流伊坂節”と表現している。それと同様に、樋口作品の楽しさは、軽くてワイズでそこはかとなくハードボイルドな“樋口流樋口節”にあるのである。

 樋口有介の楽しさ、とにかく読んでくれとしかいいようがない。まずは『彼女はたぶん魔法を使う』からあたりがよろしいかな。(20070313)

※さあ、次はこの作者の近作『ピース』に行きましょうかね。いい作家だなあ。(書評No702)

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by kotodomo | 2007-03-14 11:46 | 書評 | Trackback(2) | Comments(4)
Tracked from 個人的読書 at 2007-03-14 16:42
タイトル : 月への梯子
樋口 有介 月への梯子 「月への梯子」 樋口有介・著 文藝春秋・出版 『この本凄すぎ!ラストの静かな感動に驚きです』  本書も吉田伸子さんが、なにかで本書の書評を書いていたのを 読み、読んでみました。 ボクさんは、精神薄弱ですが、よき近隣の住人... more
Tracked from 図書館で本を借りよう!〜.. at 2007-03-15 09:20
タイトル : 「月への梯子」樋口有介
「月への梯子」樋口有介(2005)☆☆☆★★ ※[913]、国内、現代、小説、ミステリー、ハードボイルド 青春ハードボイルド(?)の雄、樋口有介はどこへ向かおうとしているのだろうか。前作「船宿たき川捕物暦」で、突然、時代小説をこなしてみせ、唖然とさせれらたのだが、今回は現代小説。一応、殺人事件を中心としているのでミステリーか、文体はハードボイルド、しかし内容は、いわゆる”大人のファンタジー”?。 作品のオチ、そしてミステリー(殺人事件)の真相は、ちょっと首をかしげざるを得ない。しかし、...... more
Commented by すの at 2007-03-15 09:23 x
正直ぼくには、この作品も樋口有介がどこに向かおうとしているのか掴みかねた作品でした。好きですが・・。次は「ピース」ですか。樋口のユーモアは残るものの、こちらもぼくには樋口らしさとちょっと違ったように思えました。でも、おおっ!と唸らされました。聖月さんがどのように読まれるか楽しみです。
Commented by 聖月 at 2007-03-15 10:06 x
『ピース』110ページほどのところ・・・樋口有介が、まだどこにもいない!果たして、出てくるのか?青春もないし、ワイズクラックもなし・・・うーむ。

これを読み終えたら『風少女』行きます。とにかく、『彼女はたぶん魔法を使う』『ぼくと、ぼくらの夏』こういった作品の雰囲気を著者に追い求めて。
あと、探偵シリーズも(^^)v
Commented by mine at 2007-03-22 19:51 x
この作品を読み終えて、面白いけどラストであれ?。なにか読みのがした部分があるのか、それがしばらく気になっていたのですが、聖月さんの書評で胸のつかえがおりました。
Commented by 聖月 at 2007-03-23 08:28 x
mineさん おはようございます(^_^)

ミステリーとしても、SFとしても破綻していますが、こういう物語を作者は描きたかったのですね。少し不思議さを残して収束、そんな物語もそういう読み方をすれば悪くないですね。


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