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「本のことども」by聖月

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2007年 04月 10日

◎「冬の砦」 香納諒一 祥伝社 2205円 2006/7


 最近、自分の心の中で、己が書く書評の中身の精彩が欠けてきたなあと自覚している。何が精彩なのかという、精彩という言葉の定義自体も問題になってくるが、自分でいうところの精彩というのは、本題とは違う無駄話というものである。人様はそのことをどう受け止めるかわからないが、少なくとも自分にとって書きたいことというのは、本の粗筋とか直截的な感想などではなく、本を読みながら思ったこと、思い出したこと、連想したこと、直感を得たこと、大体そんなことなわけで、そういえば最近そういう筆の遊びがなくなってきたよなあ、このままじゃあいかんなあ、出世も覚束ないなあ、そんなことを感じているわけである。

 なぜなのか?単身赴任のせいである。単身赴任も早や3年にもならんとすれば、日常の変化に乏しい日々の生活、遠く離れた家族に思いを馳せるのは茶飯事なれど、日々の家族との喜怒哀楽が蓄積されない暮らしぶり、本を読みながら吐き出すものがなくなってきているのである。

 それが、今回、本書『冬の砦』を読みながら、少しは考えた事柄があって、それについて書こうと思うのだが、その前に気になって書きたいことがあるので、少し考えたことは後回しにすることにする。

 で、先に述べんとする気になったことの話・・・本書の主人公は理由ありの辞職警官。今は、ある学園の用務員兼柔道部コーチ。その主人公が、勤務先学園の女子生徒の全裸死体を発見したところから物語は始まる。色んな事情から、主人公は内々に調査を進めることになり、途中その殺害された女子生徒のつけていた日記にも辿り着き、その中の表記にイニシャル“S.Y”とあり、ということは、あの“スガヌマ.ヨウジ”という生徒が関係してるのか?という発想になる・・・というところが、話の展開の中で、非常に気になった評者なのである。なぜ“ヤマモト.スグル”のほうに思いが至らないのか?作者の言い訳で、物語の途中、普通の若者はイニシャル表記するとき、姓と名、どちらから先に表記するのかということが話題には上るが、そんなのは普通も何も、名→姓の順が昔からの常識だし、何かのメディアの流行の影響でその逆の表現があるにせよ、名→姓の常識的な順番のことに、とっとと思い至らないのがよくわからないというか、全然納得いかないのである。

 まあ、全体通しても、ミステリーとしては結構ちぐはぐで蓋然性のない部分が多い作品ではある。亡くなった女子生徒の、その後の親の態度とか(悲しみが感じられないのである)、共通体験を持つ生徒たちの心の繋がりとか(繋がっているのかいないのか皆目わからないのである)・・・唯一、蓋然性はなくとも、主人公と担当刑事の心の交流が好ましいものに映りはしたのだが・・・。

 それでも評価は◎。上出来。読み物としてはしっかりとした作りで、蓋然性の問題とかを無視した場合、物語の展開自体には読者を意識した読みやすさを内包する。また、主人公の様々な過去の出来事が、これでもかと詰め込まれてはいるが、それが煩雑には映らず、物語の奥深さに繋がって映るのは、やはり作者の腕前と言ったところだろう。

 さて、やっとここで、本書を読みながら、少し考えたことについて、書くど!本書の中では、題名になぞらえて“砦”という表現が散見される。ちょっとわざとらしいくらいに。でも、そこで評者は、作者と一緒になって砦って何だっけ?と考えたわけである。

 その人にとっての、守らねばいけない陣地であり、反面、通常は自ずから自分を守ってくれる場所のことかなと評者は思ったのである。単身赴任で砦を離れている評者ではあれど、結局は砦に住む家族のために日々を送っているわけだし、家族の住む砦に帰ると自然と心が安らぐし、嫁さんも娘たちもパパ評者が帰っている間は、心に余裕が持てるらしい。

 同時に、昨今のニュースなどから考えたとき、やはりこれから先、娘たちの心の中にしっかりとした砦が在り続けるかどうか、そこがパパ評者としての杞憂に終わるかもしれない悩むべき部分かとも思う。学校で嫌なことがあったとき、悩むべき事柄があったときに、自分を守ってくれる砦が家であり家族であると、ずっと思い続けてくれるなら有難い。評者か嫁さんが守ってあげられるから。ところが、こんな悩みなんか家族にも話せない、自分でもどうしようもない、そう思うようになってしまったら、親としてのアンテナをいくら精一杯立てたとしても、すべての問題を掬い上げてはあげられない。掬えなくて、救えないかもしれないのである。

 中学に入学した上の娘よ、小学4年生に進級した下の娘よ、これから先、困ったことがあったら何でも家に持って帰ってきなさい。家やママやパパは、キミたちの砦なのだよ。今は、家は常にあって、ママも常に居て、パパはあまり居なくてゴメンなのだけど、それでも砦を守っているわけで、安心していていいのだよ。そういえば・・・パパには思春期を迎えてからこっち、帰る砦がなかったような気がするなあ。砦は、嫁さんとキミたち二人に出会ったときに生まれたのかもしれないなあ。ありがとう。(20070408)

※さてと、次はまたしても樋口有介に行きますかいな。(書評No708)

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by kotodomo | 2007-04-10 11:17 | 書評 | Trackback(1) | Comments(6)
Tracked from 図書館で本を借りよう!〜.. at 2007-04-15 07:22
タイトル : 「冬の砦」香納諒一
「冬の砦」香納諒一(2006)☆☆☆★★ ※[913]、国内、現代、小説、ミステリー、ハードボイルド、横浜、私立高校 勤務中、犯罪を犯した少年に拳銃を向け、脅かしたという偽証の告発で奥多摩の警察を懲戒免職になった私、桜木晃嗣32歳。地元では署名運動が行なわれていると聞くが、当面の私には行き場がなかった。そんな私を学生時代の友人村主優太が横浜郊外にある村主学園に雇ってくれたのは、優太の年齢の離れた兄一良太が村主学園の理事長を務めていたからである。柔道部のコーチ兼用務員の手伝いをするようにな...... more
Commented by 浅谷 at 2007-04-13 01:18 x
砦であることの自覚が、我々親の立場の人間には必要ですね。子供をほったらかしにしている自分としては、今回の書評、心に染み入りました。
Commented by 聖月 at 2007-04-13 09:50 x
浅谷さん こんにちは(^_^)
聖月様は、たまにこういうホロリ書評を書きます。書きながら、自分の心に沁みるものもあるので。
ここはいわゆる私の墓標でもあるので、都度の家族へのメッセージを残しています。
ところが・・・家族は、全然ここを読まない(笑)。読めば、と言っても読まない(笑)。なんざんしょ(^_^)
Commented by 浅谷 at 2007-04-13 16:09 x
砦に守られている人間は、砦の方を見ないどころか、砦の存在さえ気がつかない、そういうものなんでしょうね。でもそれが正しい砦のあり方のような気がします。ところで自分の家族も、自分の書評、たぶん1度も読んだことないと思います。
Commented by すの at 2007-04-15 07:28 x
この作品嫌いではないのですが、しっくりこなかったんですよね。それはイニシャルの件もそうですが、主人公が辿り着く少女の死の真相、少女の奇癖(?)にもあるのかもしれません。出来すぎた物語。しかし語り口がいいんだよなぁ・・。
Commented by 聖月 at 2007-04-15 08:05 x
浅谷さん おはようございます(^_^)

今度、砦にはGW後半に帰る予定。
上の娘が中学に入ってどうかなあと思っていたら、下の娘が独りで小学校に通うのが淋しいみたい。
砦では、色んなことが毎日あるようで(^_^)
Commented by 聖月 at 2007-04-15 08:08 x
すのさん おはようございます(^_^)

そう、しっくりこない(キッパリ)。色々としっくりこない(再度キッパリ)。でも、読者に対する良心みたいのが好感の持てる作家の持ち味ですね。
うんうん、少女の奇癖・・・なんだかなあですね。


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