|
2007年 12月 11日
既に亡くなった作家の作品といえば、まあ夏目漱石とか太宰治なんかもそうなんだけど、そうじゃなくって・・・そう、評者の場合、6年ほど前から今ばやりの(?)読書を始めたわけで、そんな中で気に入って読んだ稲見一良なんかが既に亡くなった(1994年)作家だったりしたわけで・・・でもねえ、藤原イオリンなんて、目の前で死なれてしまったような気がして、本当に淋しいのだなあ。『テロリストのパラソル』を読んで感動して、その後出る新作が気になって、講演会なんかも聴きに行って、質問は?と司会者が問うのに積極的に手を挙げて“藤原さんの作品には、酔っ払いのハードボイルド主人公がよく出てきますが、やはり御自分を投射されているんですか?”なんて質問に苦笑されて“いやあ、そういうわけでもないんだけど・・・”なんて、丁寧に回答していただいたのは大切な思い出で、一応、なんか直接お話したことがあります、なんていう貴重な体験で、ああ、それなのにそれなのに、癌なんかにおかされてしまって、手記も立ち読みだったけど読んで、今年に入って訃報・・・(ToT)本書『遊戯』は、そんな作者の、完結しなかった連作短編集である。ハードボイルドな男性主人公と、スラリとした女性主人公、その二人の視点が交互に織り交ぜられた連作集である。ただ、未完といいながらも、そのひとつひとつの短編自体はそれなりに短編として完結しているし、その文章の中に、確かに藤原イオリンという作家がいる。遺してくれたものが、そこにあるのだ。未完ながら、重厚ではないながら、本書『遊戯』の中に、文章に、頁を繰れば、やはりそこにイオリンの香りがあるのだなあ。 何ゆえに未完かといえば、連作シリーズの途中から謎の男が登場し、結局、そいつは誰か?ということが未完であることを示しているし、でもね、そんなのはいいんです。そういう未解決のパズルのピースが残されることもひとつの文芸手法と捉えれば、未完であることは関係ないのです。未完といわれようが、イオリンフリークは読むべし。ここに、イオリンは確かにいるから。イオリンの香り、残り香を懐かしく抱きしめるべし。(20071209) ※『テロリストのパラソル』も、いつかどこかでまた再読したいなあ。(書評No760) 書評一覧 ↑↑↑「本のことども」by聖月書評一覧はこちら
by kotodomo
| 2007-12-11 23:58
| 書評
|
Trackback
|
Comments(0)
|
アバウト
カテゴリ
ことどもカテゴリ
意外と書評が揃っているかもしれない「作家のことども」
ポール・アルテのことども アゴタ・クリストフのことども ジェフリー・ディーヴァーのことども ロバート・B・パーカーのことども アントニイ・バークリーのことども レジナルド・ヒルのことども ジョー・R・ランズデールのことども デニス・レヘインのことども パーシヴァル・ワイルドのことども 阿部和重のことども 荒山徹のことども 飯嶋和一のことども 五十嵐貴久のことども 伊坂幸太郎のことども 伊集院静『海峡』三部作のことども 絲山秋子のことども 稲見一良のことども 逢坂剛のことども 大崎善生のことども 小川洋子のことども 荻原浩のことども 奥泉光のことども 奥田英朗のことども 香納諒一のことども 北森鴻:冬狐堂シリーズのことども 京極夏彦のことども 桐野夏生のことども 久坂部羊のことども 黒川博行・疫病神シリーズのことども 古処誠二(大戦末期物)のことども 朔立木のことども さくら剛のことども 佐藤正午のことども 沢井鯨のことども 柴田よしきのことども 島田荘司のことども 清水義範のことども 殊能将之のことども 翔田寛のことども 白石一文のことども 真保裕一のことども 瀬尾まいこのことども 高村薫のことども 嶽本野ばらのことども 恒川光太郎のことども 長嶋有のことども 西加奈子のことども 野沢尚:龍時のことども ハセベバクシンオー様のことども 初野晴のことども 花村萬月のことども 原りょうのことども 東野圭吾のことども 樋口有介のことども 深町秋生のことども 『深町秋生の新人日記』リンク 藤谷治のことども 藤原伊織のことども 古川日出男のことども 舞城王太郎のことども 町田康のことども 道田泰司大先生のクリシンなことども 三羽省吾のことども 村上春樹のことども 室積光のことども 森絵都:DIVEのことなど 森巣博のことども 森雅裕のことども 横山秀夫のことども 米村圭伍のことども 綿矢りさ姫のことども このミス大賞のことども ノンフィクションのことども その他全書評一覧 最新のコメント
最新のトラックバック
|
ファン申請 |
||